夏にほどける

 帰宅する途中、朝から返していなかったグループチャットが再び動いた。

《海、人数そろそろ決めたいー》
《沙波どうする?》

 横断歩道の手前で立ち止まり、沙波は画面を見つめた。

 朝なら、《行けたら行く》と答えていたはずだった。そうしておけば誰も困らせず、自分もその場で決めなくて済む。

 沙波は画面を閉じかけ、それから、もう一度開いた。

 海に行く自分を思い浮かべる。
 友達といれば、きっと楽しいし、そのことを疑う理由もなかった。

 けれど、その日何をしたいかと考えた時、久しぶりに図書館へ行ってみたいと思った。さっき瑠夏から図書館の話を聞いたせいかもしれないし、家でゆっくり本を読みたいだけなのかもしれない。

 どちらを選ぶにも立派な理由などなく、沙波はそれでも入力欄へ指を置いた。

《ごめん、今回は行かない! また別の日遊ぼ》

 送信ボタンの上で親指が止まった。理由を聞かれるかもしれず、付き合いが悪いと思われるのも嫌だったが、今日は海へ行くより、別のことをしてみたいという気持ちの方が先にあった。

 沙波はそのまま送信し、ほどなく返ってきた《了解ー!》《じゃ次カラオケね》《また予定立てよ》という三つの返事を眺めた。

 話題はすぐ海で何を着るかという相談へ戻り、沙波が参加しないことなど数分もしないうちに会話の外へ流れていった。身構えていた分だけ拍子抜けして、沙波はスマートフォンを鞄へしまった。

 信号が青へ変わり、横断歩道を渡りながら顔を上げると、午前中には大きかった入道雲が形を変え、青空の端へほどけるように伸びていた。犬にもワニにも見えなかったが、沙波は歩みを止めずにしばらく眺めた。

 進路希望調査の空欄は何ひとつ埋まっていない。それでも今日は、行き先のないまま家を出て、空を見上げ、海へ行かないと自分で返事をした。その程度の小さなことを、次に何かを選ぶ時にも思い出せたらいいと考えながら、沙波は家へ向かった。