夏にほどける

「友達って、何なんでしょうね」

 沙波が呟くと、瑠夏は少し困った顔をした。

「難しいこと聞くね」
「小説書いてるんだから、何かないんですか」
「小説を書く人が人生の答え持ってると思わない方がいいよ」
「じゃあ瑠夏さんにとって、友達って何ですか」
「僕に答えさせるの?」
「聞くだけです。私の正解にはしません」

 瑠夏は笑った。

「学習したね」

 それからしばらく考え、夕方の空へ目を向ける。

「会ってない時間も、その人の時間がちゃんと続いてるって思える相手かな」
「……どういう意味ですか」
「毎日連絡しなくても、今頃何してるかなって思ったり、久しぶりに会ったら、その間にあったことを聞きたくなったりするでしょう」
「それが友達?」
「僕にとってはね」

 瑠夏はそこで言葉を切った。

「同じ場所にいない時間があるから、次に会った時に話すこともできるし」

 沙波は海へ行った友人たちの写真を思い出した。
 自分の知らない時間を彼女たちが過ごしたことが、沙波には少し怖かった。
 けれど沙波にも、彼女たちが知らない時間がある。

 公園で空を見たこと。初めて自分でレモンスカッシュを選んだこと。
 けれどその日、沙波にも、図書館で本を一冊選び、瑠夏という人に出会ったという、友人たちの知らない時間があった。
 それらをすべて共有していなくても、学校が始まればまた同じ教室で話せるのだろう。

「私、今日カラオケ楽しかったんです」
「うん」
「でも途中で疲れて、先に帰ってきました」
「うん」
「今も楽しいです」

 瑠夏が沙波を見る。

「黙って座ってるだけなのに」
「そっか」
「どっちも楽しいんですね」
「そうみたいだね」

 沙波は笑った。明るく笑っている自分だけが本当なのでも、静かに本を読む自分だけが本当なのでもない。友達と騒ぐことが好きな日もあれば、一人でいたい日もある。
 どちらかに決めなくてよいのだと思うと、身体の力が抜けていくようだった。
 閉館を知らせる放送が流れ、二人は図書館を出た。
 夕方の空は橙色に染まり始めており、建物の向こうへ傾いた陽が、歩道を長く照らしている。

「今日、小説書かなかったんですね」

 歩きながら沙波が尋ねる。

「午前中に書いてたよ。午後は読もうと思って」
「毎日書くんですか」
「書ける日は」
「どれくらい?」
「日によるかな。千字しか進まない日もあるし、五千字くらい書ける日もある」
「十万字の小説なら、毎日千字でも百日ですね」
「急に現実的な計算するね」
「大変だなと思って」
「大変だよ」
「それでも好き?」
「好き」

 瑠夏はまた迷わず答え、沙波はその横顔を見た。

「私、瑠夏さんが小説書いてるって知れてよかったです」
「どうしたの、急に」
「高校の時は言ってなかったんでしょう?」
「うん」
「じゃあ、私が知ってるのって結構珍しいのかなと思って」

 瑠夏は少し考える。

「そうかもしれない」
「秘密ですか?」
「秘密にするほどのことじゃないよ」
「じゃあ友達に言ってもいい?」
「言いたい?」
「……別に言わなくてもいいです」
「なら、それでいいんじゃない」

 沙波は少し笑った。誰かについて知ったことを、すぐ別の誰かへ話さなくてもいい。二人の間だけにある話が一つくらいあってもいいのだと思った。

「完成したら、読ませてくださいね」
「分かった。ちゃんと書くよ」

 瑠夏はそう言ったあと、何かを考えるように少し黙った。

「どうしたんですか」
「いや」
「気になります」
「まだ書いてないところのこと考えてた」
「どんなところ?」
「言ったら読む時つまらないでしょう」
「じゃあ聞きません」

 沙波はすぐに引き下がった。完成した時まで知らない方が、楽しみが一つ増えると思えたからだった。