夏にほどける

「小説を書いてるって、大学の友達も知ってるんですか」

 何気なく尋ねると、瑠夏は少しだけ笑った。

「ほとんど知らない」
「どうして隠すんですか」
「隠してるつもりはないけど、自分からはあまり言わないかな」
「新人賞に出すくらいなのに?」
「だから余計に」

 瑠夏はパソコンの縁へ指を置いた。

「小説書いてますって言うと、たまに変わってるねって言われるんだ」
「変わってるね……」
「悪い意味じゃない人もいると思うよ。珍しいね、くらいの感じで。でも何度か言われると、わざわざ話さなくてもいいかなってなる」

 公園で初めて会った日、自分も似たことを口にした。
 珍しいし、自分の周りにはいない――それが沙波の正直な感想だった。
 あの時の瑠夏が気にしていないように見えたので、そのまま流していた。

「私も言いましたよね」
「何を?」
「珍しいって」
「言ったっけ」
「言いました」
「覚えてないな」
「私は覚えてます」

 沙波は本の端を指でなぞった。

「嫌でした?」
「別に。沙波は馬鹿にしてなかったでしょう」
「でも、変わってるって言われるのは嫌なんですよね」

 瑠夏はしばらく考えてから、首を横へ振った。

「嫌というより、説明するのが面倒になる」
「説明?」
「どうして書くのとか、本気で小説家になりたいのとか、食べていけるのとか。そういうところまで話すことになるから」
「聞かれそうですね」
「もちろん、本当に興味があって聞いてくれる人もいる。でも、趣味って本当は、理由がなくても好きでいていいはずでしょう」

 好きでいることに理由はいらない、という話を聞きながら、沙波はレモンスカッシュを選んだ日のことを思い出した。
 飲みたいから選び、気になるから本を手に取り、好きだから書く。瑠夏にとっては、それぞれが同じくらい素朴な理由なのかもしれなかった。
 どれも、何かの役に立つことを証明しなければ認められないものではない。

「小説家にならなかったら、書いた時間は無駄ですか」

 沙波が尋ねると、瑠夏は目を瞬いた。

「どうして?」
「だって、新人賞に出すんでしょう」
「出すよ」
「受賞したいですよね」
「したい」
「でも、受賞できなかったら」
「悔しいと思う」

 瑠夏はそこまで答えてから、少し笑った。

「でも、書いたことまで無駄にはならないよ」
「どうしてそう思えるんですか」
「好きで書いたから」

 あっさりした答えだった。

「それだけ?」
「それ以上いる?」

 沙波は答えられなかった。
 好きなものには、何か理由が必要なのだと思っていたのかもしれない。
 将来に役立つから、成績につながるから、人に褒められるから、続けていれば何者かになれるから――そんな理由がなくても、好きでいていいものがあるらしい。
 そういう理由がなければ、時間を使うことがもったいないような気がしていた。

 けれど瑠夏は、結果が出るかどうかも分からない小説へ、夏休みの時間を惜しまず使っている。
 公園の芝生に寝転がり、空を見た時に何を感じるのかを確かめるほどに。