商談がつつがなく終わり、汐里はホッと胸を撫で下ろした。
『先方は気難しい気質の人だから。桐山さんにお願いしたい』
上司からのご指名は、決して厄介だからと押しつけられたわけではない。
上司の言う「気難しい気質」というのは、職人気質と同義であった。
汐里は何故か、その手の人とうまくやり取りするのがうまいと評価を得ている。
とはいえ、汐里としては、何も特別なことはしていない。
いつものように資料を用意し、相手へのリスペクトを忘れず、貴方と仕事がしたいのだと伝える。先方の懸案事項は誤魔化さず、丁寧に返す──仕事の臨み方自体は、定型通りなのだ。
今回も特に揉めることもなく、契約の合意を得た。
書類を受け取ろうと差し出された職人の手は、骨ばって節くれ立っていた。
──祖父も、こんな手をしていた。
棚に並んだ水晶の原石を横目に、汐里は内心は達成感で満たされながら、表向きは生真面目さを装って工房を出る。
工房から甲府駅までは、車で20分ほどだ。
汐里はバス停のベンチに腰掛け、スマートフォンを取り出した。
営業チームの共有チャットを開き、文章を打ち込む。
『桐山です。先方から了承いただきました。条件変更はなし。予定通り直帰します』
チームの人数分の既読チェックがついたのを確認し、汐里の本日の業務は無事終了となった。一度大きく伸びをして、緊張に強張っていた背筋をようやく緩める。
定刻通りに来たバスに揺られ、心地よい疲労感にうとうとしていると、程なくして駅に到着した。バスターミナルから駅ビルに入れば、部活帰りらしい学生たちや、荷物を抱えた買い物客で賑わい始めている。
汐里は迷うことなく土産物コーナーに足を運んだ。
選んだのは、王道の信玄餅──きなこがまぶされている都合上、会社で食べるにはやや不便だが、チームの皆が好んでいるため、迷いはなかった。
これでもう、あとは帰宅するだけ。
しかし、東京行きの電車まで、まだ一時間半ほどあった。
(早い時間に変更してもいいけど……ちょっと、お腹が空いたかも)
とはいえ、中途半端な時間に昼食を食べたこともあり、がっつり食べる余力はない。
(何か軽く食べてから帰ろう)
こういう時、地図アプリで周辺のお店を調べ、レビューを確認するのも良いだろう。
評価の高い店、写真映えのするメニュー、失敗のない選択。──それは、汐里が普段の仕事で徹底している「型」と、実のところ同じものだった。段取りを整え、リスクを潰し、確実な結果を選び取る。
(……だけど)
今日の業務はもう終了しているのだ。
その定型を徹底する必要など、どこにもなかった。
丁寧に、誠実に。──その姿勢だけは変えるつもりはない。ただ、その先にある「結果」まで、自分で決めてしまわなくていい。
汐里は敢えて、メイン通りから少し外れた通りに足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ」
そこは、カウンターだけの、六席ほどのこじんまりとした店だった。
16時にちょうど差し掛かったタイミング。飲み屋の開店には少しだけ早い時間だったが、たまたまドアにかけてある「準備中」の札を「営業中」に裏返している店があり、サッと店構えを見るだけで汐里は入店を決めた。
奥の厨房で誰かが黙々と手を動かしている気配がある。フロアを仕切っているのは、先ほど「準備中」の札を裏返していた女性店員が一人だけ。年格好は汐里と同じ20代中頃のように見える。
壁に貼られたメニューには、鳥もつ煮、豚生姜焼き、ほうとう、天ぷら盛り合わせ──値段はどれも良心的で、山梨らしいラインナップがありつつも、過度に観光客向けを気取ったところがない。
汐里はせっかくだからと、鳥もつ煮を頼むことにした。
ほうとうは少し重いので、今回は見送ることにする。
「お飲み物はどうしますか?」
「あーー……黒烏龍茶で」
何か合う日本酒でもと思ったが、汐里はお酒がそう強いわけではなかった。日によってはコップ一杯ですら酔いが回ってしまうこともある。
業務終了後とはいえ、ここは出張先。帰るまでが遠足理論で、汐里は念のためノンアルコール飲料を選んだ。
「注文もいいですか?」
「はい! もちろん」
「じゃあ、鳥もつ煮と──あと、オススメはありますか?」
こういう個人店に入ると、汐里は必ずオススメを聞くようにしている。
相手を信頼し、委ねてみること。それは案外、商談で先方の懸念に耳を傾ける時と、似た感覚なのかもしれなかった。
店員は迷いなく答えた。
「やはり、すでにご注文いただいた『鳥もつ煮』ですね。うちの看板です。個人的にオススメなのは──」
店員が「これ」と指したのは、ポテトサラダだった。
「すごく美味しいんです。良ければ一度食べてみてください」
(名産っぽいメニューがある中で、あえてのポテサラ……)
値段は安く、特別「売り上げNO.1!」みたいな触れ込みが書かれているわけでもない。
(──面白い)
汐里は、こういうのが知りたいのだ。
「じゃあ、鳥もつ煮とポテサラで」
「はい、少々お待ちください」
程なくして運ばれてきたのは、小さな鉢に盛られた馬刺しだった。透き通るような赤身に、刻みネギとおろし生姜。「こちらのタレでお召し上がりください」と、店員が小皿を横に添えた。生姜の効いた醤油だれからは、ふわりと甘い香りが立ち上っている。
箸を伸ばし、一切れ口に運ぶと、臭みはまるでない。タレはとろみと甘みがある醤油で、これがまた抜群に相性が良い。
黒烏龍茶で喉を潤しながら、もう一切れ、もう一切れと箸を進めていく。意外と量も多く、4切れほど入っていた。
程なくして、注文の品も届く。
まず目を引いたのは、鳥もつ煮。
艶やかな飴色に照り輝いていた。レバー、砂肝、ハツ、きんかん──さまざまな部位が、ひとつの鉢の中にこんもりと盛られている。甘辛いタレの香ばしい匂いが、ふわりと鼻先をかすめた。
そして、もう一品。
こんもりとドーム状に盛られたポテサラ。そのてっぺんには、殻を剥いた茹で卵がそのまま、どっかりと乗っている。
「こちら、混ぜてお召し上がりください」
パッと見、キュウリや玉ねぎが入っているようには見えない。
唯一入っているのは──ハムだろうか。四角く切られた茶色いものが点在している。上からは粗く挽いた胡椒が振られていた。
主役の周りには、砕いたナッツや木の実のようなものが散らされていて、皿に彩りを加えている。
(結構な量……!)
小鉢程度と油断していたが、20センチほどの更に、どっかりと鎮座している。
箸先で黄身をほぐすと、白身はしっかり固まっているのに、黄身だけがとろりと半熟の粘りを残していた。それを、ポテサラの表面からゆっくりと崩すように混ぜ込んでいく。
そうして、まず一口。
──瞬間、周囲の物音が遠のく。
その後、ただ「美味しい」という言葉だけが、反射的に浮かんだ。
ジャガイモはあえて粒感を残しているのだろう。ところどころ残った固まりがホクホクとして、滑らかな部分との違いを楽しめる。
また、イモの仄かな甘さが、マヨネーズの酸味と見事に調和していた。
噛むほどにどこかで燻したような香りが鼻へ抜ける。
──これはおそらく、刻んだ「いぶりがっこ」だ。
先ほど汐里がハムだろうかと思ったものは、どうやらこれのようだ。風味だけではない。ポリポリとした食感が、なめらかなポテサラの中に小さなアクセントとして紛れ込んでいる。
胡椒のぴりっとした後味もまた良い。
皿に散らされていた木の実も、何も彩りだけではないのだと知る。歯ごたえと風味の奥深さ。それが美味しさを一層際立たせている。
鳥もつ煮にも箸を伸ばした。
甘辛い煮汁がしっかり染みたレバーともつは、噛むとじゅわりと旨みが広がる。レバーは臭みが丁寧に取られていて、ハツの歯ごたえが良いアクセントになっている。生姜のぴりっとした香りも程よく感じる。安定した、看板の実力。
優劣などつけられない。
どちらも、まさにこの店のオススメなのだろうことが、素人の舌にもわかる。
──再びポテサラに箸を伸ばしながら、汐里は、ふと祖父の一輪挿しを思い出した。
祖父は無口な人で、黙々と作品を作る人だった。
『おじいちゃんが作った中で、いちばんのおきにいりはなぁに?』
祖父は少し迷った後に、その一輪挿しを指さした。
それは、棚の片隅に、他の作品に紛れるようにひっそりと置かれていた。地味な色合いで、ぱっと見の華やかさはない。けれど──汐里はそれを、一目で気に入った。
尋ねなければ、たどり着けなかったものたち。
(こういう出会いがあるから、オススメを聞くのをやめられない)
食べ進めるうちに、暖簾をくぐる客がぽつぽつと増えてきた。
作業着姿の男性二人組、常連らしき年配の女性、スーツ姿のサラリーマン。カウンターの端から順に埋まっていく。店員の動きも注文を通す声も、徐々に忙しなくなる。
鳥もつ煮とポテサラ、両方をきれいに食べ終え、ドリンクも飲み干すと、汐里は伝票を持ってレジへ向かった。
会計をしながら、店員はちらりとこちらを見た。
「ポテサラ、どうでした?」
「美味しかったです。びっくりしました」
「でしょう」
店員は誇らしげに笑う。
そんな少しのやり取り。ちょうどいい距離感のまま、汐里は釣り銭を受け取って引き戸に手をかけた。
「ごちそうさまでした」
そう言って店を出た。
駅への道を歩き出す。
商談も無事に終え、食べたものはいずれも美味しかった。
──予想外のボリュームでお腹は正直はち切れそうだが、満足感の方が大きい。
(いい出張だった)
◆
「お疲れさまです、これ甲府のお土産です」
翌日。
業務が始まる前にお土産を配っていく。デスクに信玄餅を置くと、隣の席の同僚が顔を上げた。
「わ、ありがとう。山梨県の甲府だっけか。どうだった?」
「良かったですよ」
「私、行ったことないんだよね。観光とかした?」
「いえ……でも、駅の近くで軽く食べて、それが美味しかったです」
「何食べたの?」
「鳥もつ煮とポテサラです」
「……鳥もつはわかるけど、ポテサラ? わざわざ出張先で?」
同僚は少し意外そうに眉を上げたが、汐里の得意げな顔を見て、興味を惹かれたらしい。
「そんなに美味しかったの?」
「はい。びっくりするくらい」
汐里はにっこりと笑い、「どこどこ?」と尋ねてくる同僚に、店を共有した。
「機会があったら、是非。オススメですよ」
お土産を配り終え、そろそろ業務が始まるなと席につく。
ふと、デスクの端に置かれた誰かの小さな観葉植物が目に入った。
(そういえば、家の一輪挿し、そろそろ花を替えないと)
今日の帰り、花屋に寄ろう。
いつもと同じ花にするか、それとも、オススメを聞いてみるか──どちらでもきっと、悪くない。
『先方は気難しい気質の人だから。桐山さんにお願いしたい』
上司からのご指名は、決して厄介だからと押しつけられたわけではない。
上司の言う「気難しい気質」というのは、職人気質と同義であった。
汐里は何故か、その手の人とうまくやり取りするのがうまいと評価を得ている。
とはいえ、汐里としては、何も特別なことはしていない。
いつものように資料を用意し、相手へのリスペクトを忘れず、貴方と仕事がしたいのだと伝える。先方の懸案事項は誤魔化さず、丁寧に返す──仕事の臨み方自体は、定型通りなのだ。
今回も特に揉めることもなく、契約の合意を得た。
書類を受け取ろうと差し出された職人の手は、骨ばって節くれ立っていた。
──祖父も、こんな手をしていた。
棚に並んだ水晶の原石を横目に、汐里は内心は達成感で満たされながら、表向きは生真面目さを装って工房を出る。
工房から甲府駅までは、車で20分ほどだ。
汐里はバス停のベンチに腰掛け、スマートフォンを取り出した。
営業チームの共有チャットを開き、文章を打ち込む。
『桐山です。先方から了承いただきました。条件変更はなし。予定通り直帰します』
チームの人数分の既読チェックがついたのを確認し、汐里の本日の業務は無事終了となった。一度大きく伸びをして、緊張に強張っていた背筋をようやく緩める。
定刻通りに来たバスに揺られ、心地よい疲労感にうとうとしていると、程なくして駅に到着した。バスターミナルから駅ビルに入れば、部活帰りらしい学生たちや、荷物を抱えた買い物客で賑わい始めている。
汐里は迷うことなく土産物コーナーに足を運んだ。
選んだのは、王道の信玄餅──きなこがまぶされている都合上、会社で食べるにはやや不便だが、チームの皆が好んでいるため、迷いはなかった。
これでもう、あとは帰宅するだけ。
しかし、東京行きの電車まで、まだ一時間半ほどあった。
(早い時間に変更してもいいけど……ちょっと、お腹が空いたかも)
とはいえ、中途半端な時間に昼食を食べたこともあり、がっつり食べる余力はない。
(何か軽く食べてから帰ろう)
こういう時、地図アプリで周辺のお店を調べ、レビューを確認するのも良いだろう。
評価の高い店、写真映えのするメニュー、失敗のない選択。──それは、汐里が普段の仕事で徹底している「型」と、実のところ同じものだった。段取りを整え、リスクを潰し、確実な結果を選び取る。
(……だけど)
今日の業務はもう終了しているのだ。
その定型を徹底する必要など、どこにもなかった。
丁寧に、誠実に。──その姿勢だけは変えるつもりはない。ただ、その先にある「結果」まで、自分で決めてしまわなくていい。
汐里は敢えて、メイン通りから少し外れた通りに足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ」
そこは、カウンターだけの、六席ほどのこじんまりとした店だった。
16時にちょうど差し掛かったタイミング。飲み屋の開店には少しだけ早い時間だったが、たまたまドアにかけてある「準備中」の札を「営業中」に裏返している店があり、サッと店構えを見るだけで汐里は入店を決めた。
奥の厨房で誰かが黙々と手を動かしている気配がある。フロアを仕切っているのは、先ほど「準備中」の札を裏返していた女性店員が一人だけ。年格好は汐里と同じ20代中頃のように見える。
壁に貼られたメニューには、鳥もつ煮、豚生姜焼き、ほうとう、天ぷら盛り合わせ──値段はどれも良心的で、山梨らしいラインナップがありつつも、過度に観光客向けを気取ったところがない。
汐里はせっかくだからと、鳥もつ煮を頼むことにした。
ほうとうは少し重いので、今回は見送ることにする。
「お飲み物はどうしますか?」
「あーー……黒烏龍茶で」
何か合う日本酒でもと思ったが、汐里はお酒がそう強いわけではなかった。日によってはコップ一杯ですら酔いが回ってしまうこともある。
業務終了後とはいえ、ここは出張先。帰るまでが遠足理論で、汐里は念のためノンアルコール飲料を選んだ。
「注文もいいですか?」
「はい! もちろん」
「じゃあ、鳥もつ煮と──あと、オススメはありますか?」
こういう個人店に入ると、汐里は必ずオススメを聞くようにしている。
相手を信頼し、委ねてみること。それは案外、商談で先方の懸念に耳を傾ける時と、似た感覚なのかもしれなかった。
店員は迷いなく答えた。
「やはり、すでにご注文いただいた『鳥もつ煮』ですね。うちの看板です。個人的にオススメなのは──」
店員が「これ」と指したのは、ポテトサラダだった。
「すごく美味しいんです。良ければ一度食べてみてください」
(名産っぽいメニューがある中で、あえてのポテサラ……)
値段は安く、特別「売り上げNO.1!」みたいな触れ込みが書かれているわけでもない。
(──面白い)
汐里は、こういうのが知りたいのだ。
「じゃあ、鳥もつ煮とポテサラで」
「はい、少々お待ちください」
程なくして運ばれてきたのは、小さな鉢に盛られた馬刺しだった。透き通るような赤身に、刻みネギとおろし生姜。「こちらのタレでお召し上がりください」と、店員が小皿を横に添えた。生姜の効いた醤油だれからは、ふわりと甘い香りが立ち上っている。
箸を伸ばし、一切れ口に運ぶと、臭みはまるでない。タレはとろみと甘みがある醤油で、これがまた抜群に相性が良い。
黒烏龍茶で喉を潤しながら、もう一切れ、もう一切れと箸を進めていく。意外と量も多く、4切れほど入っていた。
程なくして、注文の品も届く。
まず目を引いたのは、鳥もつ煮。
艶やかな飴色に照り輝いていた。レバー、砂肝、ハツ、きんかん──さまざまな部位が、ひとつの鉢の中にこんもりと盛られている。甘辛いタレの香ばしい匂いが、ふわりと鼻先をかすめた。
そして、もう一品。
こんもりとドーム状に盛られたポテサラ。そのてっぺんには、殻を剥いた茹で卵がそのまま、どっかりと乗っている。
「こちら、混ぜてお召し上がりください」
パッと見、キュウリや玉ねぎが入っているようには見えない。
唯一入っているのは──ハムだろうか。四角く切られた茶色いものが点在している。上からは粗く挽いた胡椒が振られていた。
主役の周りには、砕いたナッツや木の実のようなものが散らされていて、皿に彩りを加えている。
(結構な量……!)
小鉢程度と油断していたが、20センチほどの更に、どっかりと鎮座している。
箸先で黄身をほぐすと、白身はしっかり固まっているのに、黄身だけがとろりと半熟の粘りを残していた。それを、ポテサラの表面からゆっくりと崩すように混ぜ込んでいく。
そうして、まず一口。
──瞬間、周囲の物音が遠のく。
その後、ただ「美味しい」という言葉だけが、反射的に浮かんだ。
ジャガイモはあえて粒感を残しているのだろう。ところどころ残った固まりがホクホクとして、滑らかな部分との違いを楽しめる。
また、イモの仄かな甘さが、マヨネーズの酸味と見事に調和していた。
噛むほどにどこかで燻したような香りが鼻へ抜ける。
──これはおそらく、刻んだ「いぶりがっこ」だ。
先ほど汐里がハムだろうかと思ったものは、どうやらこれのようだ。風味だけではない。ポリポリとした食感が、なめらかなポテサラの中に小さなアクセントとして紛れ込んでいる。
胡椒のぴりっとした後味もまた良い。
皿に散らされていた木の実も、何も彩りだけではないのだと知る。歯ごたえと風味の奥深さ。それが美味しさを一層際立たせている。
鳥もつ煮にも箸を伸ばした。
甘辛い煮汁がしっかり染みたレバーともつは、噛むとじゅわりと旨みが広がる。レバーは臭みが丁寧に取られていて、ハツの歯ごたえが良いアクセントになっている。生姜のぴりっとした香りも程よく感じる。安定した、看板の実力。
優劣などつけられない。
どちらも、まさにこの店のオススメなのだろうことが、素人の舌にもわかる。
──再びポテサラに箸を伸ばしながら、汐里は、ふと祖父の一輪挿しを思い出した。
祖父は無口な人で、黙々と作品を作る人だった。
『おじいちゃんが作った中で、いちばんのおきにいりはなぁに?』
祖父は少し迷った後に、その一輪挿しを指さした。
それは、棚の片隅に、他の作品に紛れるようにひっそりと置かれていた。地味な色合いで、ぱっと見の華やかさはない。けれど──汐里はそれを、一目で気に入った。
尋ねなければ、たどり着けなかったものたち。
(こういう出会いがあるから、オススメを聞くのをやめられない)
食べ進めるうちに、暖簾をくぐる客がぽつぽつと増えてきた。
作業着姿の男性二人組、常連らしき年配の女性、スーツ姿のサラリーマン。カウンターの端から順に埋まっていく。店員の動きも注文を通す声も、徐々に忙しなくなる。
鳥もつ煮とポテサラ、両方をきれいに食べ終え、ドリンクも飲み干すと、汐里は伝票を持ってレジへ向かった。
会計をしながら、店員はちらりとこちらを見た。
「ポテサラ、どうでした?」
「美味しかったです。びっくりしました」
「でしょう」
店員は誇らしげに笑う。
そんな少しのやり取り。ちょうどいい距離感のまま、汐里は釣り銭を受け取って引き戸に手をかけた。
「ごちそうさまでした」
そう言って店を出た。
駅への道を歩き出す。
商談も無事に終え、食べたものはいずれも美味しかった。
──予想外のボリュームでお腹は正直はち切れそうだが、満足感の方が大きい。
(いい出張だった)
◆
「お疲れさまです、これ甲府のお土産です」
翌日。
業務が始まる前にお土産を配っていく。デスクに信玄餅を置くと、隣の席の同僚が顔を上げた。
「わ、ありがとう。山梨県の甲府だっけか。どうだった?」
「良かったですよ」
「私、行ったことないんだよね。観光とかした?」
「いえ……でも、駅の近くで軽く食べて、それが美味しかったです」
「何食べたの?」
「鳥もつ煮とポテサラです」
「……鳥もつはわかるけど、ポテサラ? わざわざ出張先で?」
同僚は少し意外そうに眉を上げたが、汐里の得意げな顔を見て、興味を惹かれたらしい。
「そんなに美味しかったの?」
「はい。びっくりするくらい」
汐里はにっこりと笑い、「どこどこ?」と尋ねてくる同僚に、店を共有した。
「機会があったら、是非。オススメですよ」
お土産を配り終え、そろそろ業務が始まるなと席につく。
ふと、デスクの端に置かれた誰かの小さな観葉植物が目に入った。
(そういえば、家の一輪挿し、そろそろ花を替えないと)
今日の帰り、花屋に寄ろう。
いつもと同じ花にするか、それとも、オススメを聞いてみるか──どちらでもきっと、悪くない。


