ハ シ ル !

『あ、あー、あー。えー県民市町村対抗駅伝にご出場の皆さま、本日は——』

 司会者の声がマイクに乗ると、スピーカーから金属音のような音が会場に響き渡った。
 思わず耳を塞いだ。

 少し広い、パーティ会場のような場所だった。

 父は、他の参加団体や運営に挨拶して回っている。
 自治会長って大変だ。
 私は会場の端で壁にもたれて、その様子をただ眺めていた。

『はい、えーっと、このトータル30.2キロをですね——各市町村の代表9名で襷を繋いでもらう訳ですが——』

 司会者は、大会のスケジュールやルールをマイクに向かって延々と喋っている。
 説明会だというのに、会場に集まった人たちは、ざわついていて聞いている様子はない。

 しばらくすると、私は小学生くらいの男の子を連れた女性に声をかけられた。

「あのー…自治会長の娘さんよね?」

 思わず壁から背中をはがす。

「え…、あ、はい」

「あはは、やっぱり。遥香《はるか》ちゃん。ほら、奏馬《そうま》。お姉さんに挨拶して」

 女性は、手を繋いでいた男の子を私の目の前に押し出した。

「むらせそうまです」
 男の子は照れくさそうにそう言って一瞬だけ頭を下げた。

「あ…、市川《いちかわ》…遥香です」

 私もそう言って頭を下げる。

「この子も代表で走るんですよ。遥香ちゃんもジュニアの代表よね?」

 女性の言葉に、奏馬くんの首からぶら下がったプレートに目がいった。

“小学生男子の部 代表”

 そう書かれていた。
 その上には私と同じ市町村の名前。

 ——あ。私、この子から襷をもらうのか。

「そ、そうなんですね。私も…はい。ジュニアです。ハハ…」

 ジュニアは高校生代表のこと。
 自らの口で認めると、つい苦笑いがこぼれた。

 奏馬くんは終始、楽しそうにあたりを見回している。
 この空間が楽しいのか、走ることが楽しみなのか。
 私には分からない。

「ねーお母さんトイレ行くんじゃないの」

 そう言った奏馬くんは、いつの間にか私の手を握っていた。
 女性は申し訳なさそうに私を見る。

「あ、どうぞ。行ってきてください。私、奏馬くんと一緒に待ってますから」

「ご、ごめんなさいね。すぐに戻るから。奏馬、アンタ大人しくしてなさいよ」

 女性は小走りで会場を出ていった。
 奏馬くんは、私の周りをぐるぐると走って回っていた。

「お姉ちゃん、走るの速いんでしょ」
「べつに速くないよ」
「えー?でもお母さんが言ってたよ」
「ん?何を?」
「速い子だって」
「……」

 私は、女性が出ていった扉を見た。
 初対面、だよね?
 むらせって聞き覚えないし。
 首を捻り、また奏馬くんに視線を戻す。

「……君はさ、なんで出るの?」

 私が聞くと、奏馬くんは屈託のない笑顔で答えた。

「えっ、楽しそうじゃん!」

 楽しそう?
 この子、お祭りか何かと思ってるのかな。
 私が「楽しそう……」と呟くと、横から軽い声が降りてきた。

「それなー。分かる分かる」

 顔を上げた。
 知らない男子。
 つい奏馬くんの手を掴んで引き寄せた。

 でも奏馬くんはその手をするりと抜け、目の前の男子に飛びつくようにジャンプした。

「あすか!!」

 そう呼ばれた彼は、奏馬くんを引っ張り上げるように受け止めた。

「あすか……?」

 妙にひっかかった。知ってる名前のような……。
 私が顎に手を置いていると、奏馬くんが嬉しそうに言った。

「はるか!あすかも走るんだよ!ジュニア男子」
「え?」
 ああ。男子の代表、なのか。
 チラと、もう一度顔を見た。

「よろしく。遥香ちゃん」

 そう言って手を差し出してきた笑顔にも、見覚えがあるような気がした。

 私はその手を握り返す。

「……よろしく」

 やっぱり、どこかで——

 同時に視界に入った彼の首に下がったプレート。
“矢島飛鳥”と書いてあった。

 矢島《やじま》?


 あ。

 そうだ。
 飛鳥、だ。