ハ シ ル !

 翌朝のリビングでは、私と父のうなり声が重なっていた。

「いててて……」
「もーホントやばい。足プルプル」

 私はソファで。
 父はダイニングの椅子で自分の足を揉んでいた。

 母は現像した写真を写真立てに入れて、テレビの横に飾っている。

「二人とも大丈夫?無理しないでよ」

 父は足をさすっているのに、やっぱりランニングウェアを着ていた。
 今日もまた、変わらず走るようだ。

「お父さん今日も走るんだ」
「今日は軽めにするよ」

 そう言って父はリビングを出ていった。

 私はソファから立ち上がり、母が飾った写真立てを手に取った。
 昨日、最後に全員で撮った写真。


 ——私、まだこんな顔……出来たんだ。

 思わず小さく笑う。
 写真立てのアクリルを、服の裾で拭いてからTV台に戻した。


 玄関を覗くと、父がシューズを履いているところだった。
 スリッパを引きずって歩く。
 玄関までが、遠く感じた。

「……ねえ、どこまで走るの」

 父は、私を見上げるように振り返った。

「どこだろうな。中学校、あたりかな」

 靴ひもを引っ張る音がする。

 私はその背中を見つめながら、右足でもう片方のふくらはぎをさすった。

「……私も、行こうかな」

 口にしたら、少しよろけた。

 父の動きが止まる。
 そして、何も言わず、右にズレるように座り直した。
 父の左側が、少しだけ広い。

「あ、ちょ……っと待ってて」

 そう言うと、私は自分の部屋へ一度戻り、クローゼットを開けた。
 引っ張り出したのは、もう着ないと思っていた、紫色のジャージ。

 少しシワっぽいけど、まぁいいか。

 部屋を出る直前、裏返っていた本棚のトロフィーをひとつ、表を向け置き直しておいた。


「お待たせ」
 玄関に戻り、腰掛けようとしゃがむと、足がまた震えた。

「あたたた…」

 ——忘れてた。

 父が隣で「大丈夫か」と笑う。

「うん」

 前髪を直すふりをして、顔を隠した。

 結んだ蛍光ピンクの靴ひもを、最後に二度引っ張って、立ち上がる。

 玄関の向こうは、いつもと変わらない景色。
 だけど、少しだけ足元が軽い。




 今日は父と並んで走りたい。

 ただ、それだけ。

 そんな気分だった。