あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 昼餉を終え、奈津が庭へ出ると、そこに夜刀の姿があった。

 「夜刀、まだ昼餉を食べてないんですか?」

 「ああ。ちょっと外してた」

 「今日は牛鍋でしたよ」

 「お、いいな。んじゃ、食いに行かねぇと」

 夜刀がそう言って歩き出そうとした、その時。

 「夜刀様」

 背後から、綾乃の声がした。

 「……あ?」

 夜刀が面倒そうに振り返る。
 奈津にはすっかり気を許しているものの、人間への警戒まで解いたわけではない。
 綾乃とも、必要以上に言葉を交わそうとはしていなかった。

 けれど――綾乃を目にした瞬間、夜刀の動きが止まった。

 「……」

 金色の瞳が、綾乃を捉えたまま動かない。

 「少し、お話ししてもよろしいですか?」

 綾乃がにこりと微笑む。

 「…………何だよ」

 返事が、一拍遅れた。
 奈津は不思議そうに夜刀を見る。
 いつもの夜刀なら、もっと露骨に面倒そうな顔をするはずなのに。

 「お二人とも、こちらにいらしたのですか」

 そこへ、九重がやってきた。

 「夜刀。紫鬼様がお呼びです」

 「ああ」

 夜刀が答えたところで、綾乃が九重へ顔を向ける。

 「九重様」

 九重の足が、僅かに止まった。
 綾乃を見つめたまま、一瞬だけ返事が遅れる。

 「……何でしょう、綾乃様」

 奈津は目を瞬いた。
 夜刀と同じだ。九重も、綾乃を見た瞬間だけ様子が変わった。

 「皆様と、お茶でもご一緒できないかと思いまして」

 けれど九重はすぐに我に返ったように目を細めた。

 「申し訳ございません。今は紫鬼様のもとへ参りますので、また後ほど」

 「ええ。もちろんですわ」

 綾乃が微笑む中、夜刀と九重がその場を離れていく。

 途中、夜刀が一度だけ振り返った。
 その視線の先には、綾乃がいる。

 「……?」

 夜刀自身も不可解に思ったのか、すぐに眉をひそめて前を向く。
 奈津の胸に、朝から感じていた違和感がまた広がった。

 「お姉様、どうかされたの?」

 視線を戻すと、綾乃はいつもの笑みを浮かべていた。

 「……いえ、何でもないわ」

 何かがおかしい。そう思うのに、その正体は掴めないままだった。