あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 翌日から、人間側と堂目道家との本格的な情報共有が始まった。
 この日は朝から紫鬼が屋敷を空けていたため、九重を中心に話し合いが進められていた。
 各地で確認された事例を持ち寄り、祓い師たちと堂目道家の者たちが意見を交わしていく。
 その中で、一人の祓い師が口を開いた。

 「こちらの綾乃殿は、若くして非常に強い浄化の力をお持ちです。今後、何かお役に立てることもあるかと」

 「ええ。私にできることでしたら、何なりと」

 綾乃は自信に満ちた笑みを浮かべた。
 浄化の力には、昔から絶対の自信がある。
 他家の祓い師からも、その力を認められてきた。

 やがて話し合いがひと区切りつき、一行が客間を出る。

 すると、廊下の向こうからコマと並んで歩いてくる奈津の姿が見えた。

 「奈津様!」

 コマが楽しそうに奈津へ話しかけている。
 そこへ、通りかかった鬼の一人も足を止めた。

 「癒し子様、先日はありがとうございました」

 「いえ。私は何も……」

 奈津が少し困ったように笑う。
 綾乃は、その呼び名に眉を寄せた。

 (……癒し子?)

 聞いたことのない言葉だった。
 どうやら、この屋敷の者たちは奈津をそう呼んでいるらしい。
 何のことだろう、そう思った時だった。
 玄関の方がにわかに騒がしくなる。

 「紫鬼様がお戻りになりました」

 綾乃が振り返る。
 ほどなくして、紫鬼が数人の鬼を従えて姿を現した。

 「まあ……!」

 その姿を見た瞬間、綾乃は目を見開く。
 白銀の髪の周囲に漂う妖気に、黒い靄のような穢れが混じっている。

 「その穢れはどうされたのです?」

 紫鬼は綾乃へ一瞥を向けた。
 けれど、答えることなくそのまま歩を進める。

 「お待ちください」

 綾乃が慌てて追う。

 「それほどの穢れを纏ったままでは、お身体に障るのではありませんか?」

 紫鬼が足を止める。

 「よろしければ、私が浄化いたしますわ」

 「必要ない」

 にべもなく断られ、綾乃の笑みが固まる。
 すると、そばにいた祓い師が口を挟んだ。

 「紫鬼殿。綾乃殿の浄化は、今後の協力においても有用かと存じます」
 「せっかくの機会です。一度、その力をご覧いただいてはいかがでしょう」

 紫鬼は僅かに眉を寄せる。
 そこで九重が静かに口を開いた。

 「……では、一度お願いしてみましょうか」

 「九重」

 「せっかくのお申し出です。お受けになってもよろしいのでは?」

 紫鬼はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。

 「……好きにしろ」

 綾乃の表情が明るくなる。

 「ありがとうございます」

 ようやく、自分の力を紫鬼に見てもらえる。
 綾乃は紫鬼の前に立つと、そっと手をかざした。

 目を閉じ、浄化の力を注ぎ込む。
 淡い光が紫鬼を包んだ。
 これまで、どんな妖の穢れであろうと――。

 「……っ?」

 綾乃の眉が寄る。
 おかしい。浄化しているはずなのに、穢れが少しも薄くならない。

 さらに力を込めた、その瞬間だった。

 「――っ!」

 ぞくり、と全身に悪寒が走った。
 触れた穢れの奥に、底の見えないほど深い闇が広がっている。
 ——呑まれる。