あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 店を出たあとも、奈津はどこか楽しそうだった。
 紫鬼の隣を歩きながら、先ほど食べた菓子の話をしている。

 その姿を、少し離れた場所からひとりの男が見つめていた。
 足を止めた宗一の視線が、奈津へ吸い寄せられる。

 最初は、それが奈津だとは気づかなかった。
 以前よりずっと顔色がよく、柔らかな色の着物に身を包んだ姿は、宗一の記憶にある奈津とはまるで違っていた。
 黒髪には、白い桜の簪が揺れている。

 けれど何より目を奪われたのは、紫鬼を見上げるその表情だった。
 穏やかで、どこか楽しげで。
 宗一の前にいた頃には、ほとんど見せることのなかった顔。

 「……奈津?」

 思わず、その名が零れた。
 けれど奈津は気づかない。紫鬼と肩を並べたまま、人波の向こうへ消えていった。

 ◇

 堂目道家へ戻ると、九重が一通の書状を持って待っていた。

 「お戻りになられましたか」

 「何だ」

 「先日の協議について、人間側から正式な返答が届いております」

 紫鬼が書状を受け取る。
 数日間、堂目道家へ滞在する者たちの名が記されていた。
 その途中で、紫鬼の視線が止まる。

 「……奈津」

 「はい?」

 差し出された書状を受け取り、奈津はそこへ目を落とした。
 ――九条綾乃。

 「……綾乃……?」

 胸の奥に、冷たいものが落ちる。
 あの綾乃が――ここへ来る。