あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 廊下を進み、人の気配が遠のいたところで綾乃が足を止める。

 「それで、お話とは?」

 「最近、僕を避けてるだろ」

 宗一が険しい顔で問いかける。
 綾乃は小さく息を吐いた。

 「……ちょうどよかったですわ」

 「何が?」

 綾乃は振り返り、いつものように微笑む。
 まるで、不要になった飾りを片づけるような気軽さで。

 「宗一様。もう、私たちの関係は終わりにしましょう」

 宗一の表情が凍りついた。

 「何を言ってるんだ」

 「そのままの意味ですわ」

 「待てよ」

 宗一が綾乃へ一歩近づく。

 「奈津との婚約まで破棄したのは、お前と一緒になるためだろう!」

 「だって――」

 綾乃は、いつもの愛らしい笑みを浮かべた。

 「もう、いらないもの」

 宗一が言葉を失った。
 綾乃はそれ以上何も言わず、彼の横をすり抜けた。

 その胸に浮かんでいたのは、宗一ではない。

 堂目道紫鬼。
 そして、その隣にいる奈津だった。
 綾乃の唇から、笑みが消える。

 (どうして――お姉様なの?)

 今度、堂目道家へ行けば、自分の目で確かめることができる。
 奈津が、そこでどんな顔をしているのか。
 紫鬼が、なぜ奈津を選んだのかを。

 しばらくして綾乃が振り返った時には、宗一の姿はもうなかった。
 綾乃はそれを気に留めることもなく、正臣たちのいる部屋へ戻った。

 「お話は終わったの?」

 明美に尋ねられ、綾乃は何でもないことのように頷く。

 「ええ。もう済みましたわ」

 それ以上、宗一について語ることもなく、綾乃が腰を下ろした。
 正臣は、机の上の返書を睨んだままだった。
 指先が苛立たしげに机を叩く。

 「……このままではまずい」

 低く漏らした、その時だった。

 「――でしたら、その縁をより確かなものになさればよい」

 突然、聞き覚えのない声が響いた。

 「……っ!?」

 三人が一斉に振り返る。
 障子の向こうに、見知らぬ男が立っていた。

 「何者だ!」

 正臣が勢いよく立ち上がる。

 「どうやってここへ入った!」

 明美が青ざめ、綾乃も警戒するように男を見つめる。
 それでも男は動じる様子もなく、薄く笑った。

 「そう警戒なさらずとも。あなた方に害をなすつもりはございません」

 「ならば、何の用だ」

 男は、机の上に置かれた堂目道家からの返書へ目をやった。

 「せっかく開かれた、堂目道家への道です。その好機を、みすみす逃すこともないでしょう」」

 正臣の表情が変わったのを確かめるように、男は懐へ手を差し入れた。

 「でしたら――お力になれるものがございます」