あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~


 「――どういうことだ!」

 数日後。
 九条家の一室に、正臣の怒声が響いた。
 机の上には、堂目道家から届いた返書が置かれている。

 「あなた……?」

 明美が不安げに顔を覗き込む。

 「何と書いてあるのです?」

 「援助の件は、すべて断ると」

 「え?」

 明美が目を見開いた。
 奈津が堂目道家へ迎えられて以降、正臣は何度か先方へ話を持ちかけていた。
 金銭的な援助、取引上の便宜、九条家への庇護。
 奈津が花嫁になるのなら、その程度は当然得られるものだと考えていた。

 だが――。

 「『奈津を迎えることと、九条家を庇護することは別だ』だと?」

 返書には、奈津を出来損ないと蔑み、最後には結界の外へ捨てた家へ何かを与えるつもりはないとまで記されていた。
 奈津が望むなら、九条家との縁も断たせる、と。

 「縁を断つ……?」

 明美の顔色が変わる。

 「そんなことをされたら、私たちと堂目道家の繋がりはどうなるのです?」

 「だから言っている!」

 正臣は苛立たしげに返書を机へ叩きつけた。

 「それでは、こちらには何の利もないではないか!」

 すでに周囲には、九条家が堂目道家と縁戚になると吹聴してしまった。
 あれほど羨望を向けられたのだ。
 今さら「奈津が嫁ぐだけで、九条家には何の恩恵もない」などと言えるはずがない。

 「まったく……奈津も奈津だ」

 正臣が吐き捨てる。

 「少しくらいこちらのために話を通せばいいものを」

 「本当に」

 明美も不満げに眉を寄せた。

 「誰のおかげでここまで育ったと思っているのかしら」

 廊下の向こうから足音が近づき、ほどなくして障子が開く。
 現れたのは、綾乃だった。

 「どうかなさいました?」

 正臣は深く息を吐いた。

 「堂目道家の件だ」

 「お姉様の?」

 「まったく、使えん娘だ」

 吐き捨てる正臣を見て、綾乃は静かに目を細めた。

 「そういえば」

 綾乃は何でもないことのように口を開く。

 「もうすぐ、堂目道家へ伺うのでしたわね」

 「ああ」

 正臣の表情がわずかに明るくなる。

 「一条家の蔵馬殿が、お前を高く評価してくださっている。しっかり役目を果たしてこい」

 「もちろんですわ」

 綾乃はにこりと微笑んだ。

 「綾乃」

 その時、女中に案内されて宗一が姿を現した。

 「宗一様」

 「話がある」

 真剣な表情をする宗一を見て、綾乃はほんの少しだけ眉を動かした。

 「お父様、お母様。少し席を外しますね」

 そう告げると、宗一を連れて部屋を出た。