あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 「お待たせし申し訳ありません」

 蔵馬が席につく。

 「本日は皆様に、少しお話ししたいことがあります」

 その声音は柔らかい。けれど、一同の視線が自然と蔵馬へ集まった。

 「すでに耳にされている方も多いでしょう。ここ最近、妖の《異形化》が各地で相次いでいます」

 その言葉を境に、場の空気が張りつめた。

 「これまでにも異形化そのものは存在していました。しかし、近頃の事例には不自然な点が多い」

 蔵馬は卓上に置かれた何枚かの書状へ目を落とした。

 「短期間で急激に穢れが蓄積したと思われる個体も確認されています」

 「原因は分かっているのですか?」

 誰かが尋ねると、蔵馬は小さく首を振った。

 「残念ながら、まだ」

 「ならば、妖同士の問題では?」

 別の祓い師が言う。

 「我々が深入りする必要があるのでしょうか」

 蔵馬は責めるでもなく、その男へ視線を向けた。

 「これほど異形化が相次いでいる以上、双方で情報を共有し、原因を探る必要があるでしょう」

 蔵馬はそこで、正臣へ目を向けた。

 「幸い、堂目道家とも話し合う機会を作れそうです」

 「堂目道家と?」

 正臣が身を乗り出す。

 「ええ。《異形化の異常増加に関する情報共有》という名目で、こちらから正式に協議を申し入れるつもりです」
 「数日ほど堂目道家へ滞在し、異形化した妖の状況や、穢れの発生について直接確認させていただければと考えています」
 

 堂目道家の名に、再び場がざわついた。
 人間側が一方的に調査できるような相手ではない。

 「もちろん、こちらが一方的に何かを調査するという話ではありません」

 皆の懸念を察したように、蔵馬が付け加える。

 「あくまで対等な立場で、互いが持つ情報を共有するための場です」

 「なるほど……」

 「堂目道家ほどの一族が協力してくれるなら、心強い」

 賛同の声が上がる中、正臣も満足げに頷いた。
 奈津が堂目道家にいる今なら、九条家の存在感を示す絶好の機会にもなる。

 そんな正臣の前で、蔵馬がふと綾乃へ視線を向けた。

 「それから、九条殿」

 「はい」

 「綾乃殿は、非常に優れた浄化の力をお持ちだと聞いております」

 綾乃がぱっと顔を上げた。

 「まあ……」

 「若くしてこれほどの力を持つ方は、そう多くありません。今回の協議にも、お力を貸していただければ心強い」

 一条家当主から直々に認められ、綾乃の頬がわずかに緩む。

 「私でよろしければ、もちろん」

 「ありがとうございます」

 蔵馬は柔らかく微笑んだ。

 「堂目道家にはお姉上の奈津殿もいらっしゃいますし、綾乃殿にとっても滞在しやすいでしょう」

 「……お姉様」

 綾乃の笑みが、一瞬だけ固まった。
 しかしすぐに、いつもの愛らしい表情へ戻る。

 「そうですわね。姉にも久しぶりに会えますし、私も楽しみですわ」

 その言葉を聞きながら、正臣はますます気をよくしていた。
 奈津は堂目道家当主の花嫁候補。
 綾乃は一条家当主からも認められるほどの浄化の使い手。

 二人の娘によって、九条家の名はさらに高まる。
 すべてが思い通りに進んでいるように思えた。