あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 「……分かった」

 奈津が顔を上げる。

 「死罪は取り消す」

 「……!」

 跪いていた二人も、信じられないように顔を上げた。
 奈津の表情に安堵が浮かぶ。
 けれど紫鬼は、冷たい眼差しを二人へ向けた。

 「勘違いするな。罪を許したわけではない」

 「……っ」

 「今後、この屋敷への出入りを禁ずる。二度と俺の前へ姿を見せるな」

 二人が息を呑む。
 誇り高き堂目道家に仕える者にとって、その一員である資格を失うことは重い処分だった。

 「異論は」

 「……ございません」

 二人は深く頭を下げる。
 やがて、奈津へ向き直った。

 「……癒し子様。申し訳、ございませんでした」

 奈津はすぐには答えなかった。
 二人を見つめたあと、ゆっくりと頷く。

 「……もう、同じことはしないでください」

 「はい……」

 二人は連れられ、広間をあとにした。
 奈津はその背中が見えなくなるまで見送る。
 その途端、膝から力が抜けかけた。

 「奈津様!」

 コマが声を上げるより早く、倒れかけた奈津の腕を誰かが掴んだ。
 はっと顔を上げると、すぐそばに紫鬼がいる。

 「だから、休んでいろと言った」

 「……すみません」

 「謝るくらいなら、最初から言うことを聞け」

 「はい……」

 奈津が小さく肩を縮めると、紫鬼はその身体を支えたまま、九重へ視線を向けた。

 「九重」

 「はい」

 「奈津を部屋へ」

 「……!」

 奈津は思わず紫鬼を見上げた。
 今度は、聞き間違いではない。
 確かに紫鬼が、自分の名を呼んだ。

 その視線に気づいた紫鬼が、訝しげに眉を寄せる。

 「何だ」

 「……いえ」

 奈津は慌てて首を振った。
 何だか、胸の奥が妙に落ち着かない。

 昨夜、意識を失う直前に聞いた、あの声。
 あれも、きっと――。

 「奈津」

 「……っ」

 もう一度。確かに、紫鬼の声が自分の名を呼ぶ。

 「ぼんやりするな。さっさと休め」

 「……はい」

 奈津は胸元へ手を添えた。
 ただ、名前を呼ばれただけ。
 それなのに、胸の奥に小さな熱が残っている。

 九重に促され、奈津は広間をあとにする。
 その途中で、ほんの一度だけ振り返った。
 紫鬼はすでに上座へ戻っている。
 それでも、耳にはまだ、低く自分の名を呼ぶ声が残っていた。

 ――今度は、聞き間違いではなかった。