あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 堂目道家の広間には、重苦しい空気が張りつめていた。
 屋敷に仕える鬼たちが集められ、誰もが口を閉ざして上座を見つめている。

 その中央。奈津を地下水路へ突き落とした二人の若い鬼が、床へ跪いていた。
 上座には紫鬼が座している。
 昨夜に比べれば顔色は戻っているものの、その表情には一切の温度がない。
 少し離れたところには、夜刀が立っていた。

 やがて、紫鬼が口を開く。

 「……申し開きは」

 低い声が、広間に響く。
 二人の肩が震えた。

 「も、申し訳ございません……!」

 「殺すつもりなどなかったのです! ただ、あの人間を少し懲らしめれば、屋敷を出ていくのではないかと……!」

 紫鬼の瞳が、冷たく二人を見下ろす。

 「殺すつもりがなければ許されると?」

 「……っ」

 「結果として、あれは命を落としかけた」

 怒鳴り声ではない。
 それなのに、広間にいる誰もが息を潜めている。

 「あれは、俺がこの屋敷に置くと決めた者だ」

 二人の頭が、さらに低くなる。

 「俺の許しなく手を出し、その命を危険に晒した。それだけで十分だ」

 「紫鬼様……」

 「己の狭量な感情だけで、勝手な真似をした。その意味が分からぬほど愚かでもあるまい」

 「も、申し訳……」

 「謝罪で済むことではない」

 紫鬼の周囲から、重い妖気が滲み出す。
 二人の顔から血の気が失せた。
 その時、夜刀が一歩前へ出る。

 「紫鬼様」

 紫鬼の視線が向く。
 夜刀はその場へ膝をつき、頭を下げた。

 「こいつらは俺の下で動いていた連中です。部下を抑えられなかったのは、俺の失態です」

 「夜刀様……!」

 二人が顔を上げる。

 「どんな処分でも受けます」

 紫鬼はしばらく夜刀を見据えていた。

 「お前にも責はある」

 「……はい」

 「その処分は、後ほど別に下す」

 夜刀は黙って頭を下げた。
 紫鬼の視線が、再び二人へ戻る。

 「だが、それでお前たちの罪が軽くなるわけではない」

 身動きひとつ取れない二人を、冷え切った眼差しで見下ろす。

 「その命で、償え」

 「……!」

 二人の顔が絶望に染まった。

 「お、お待ちください……!」

 「紫鬼様、どうかお慈悲を……!」

 紫鬼の表情は動かない。

 「連れていけ」

 控えていた鬼たちが、二人へ近づく。
 
 「待ってください……!」

 不意に響いた声に、広間の空気が止まる。
 一斉に向けられた視線の先――入口に、奈津が立っていた。