あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 柔らかな光が、閉じた瞼の向こうから差し込んでいた。

 「……ん……」

 奈津はゆっくりと目を開ける。
 見慣れ始めた天井が視界に入った。
 身体には温かな布団が掛けられ、枕元には薬草のような淡い香りが漂っている。

 「……ここ……」

 自分の部屋だ。
 そう気づくと同時に、昨夜の記憶が少しずつ蘇ってくる。
 地下水路へ落とされ、穢れに侵されながらも、どうにか屋敷へ戻った。
 そのあと、紫鬼の穢れを浄め――そこから先の記憶は途切れている。

 ただ、ひとつだけ。

 『――奈津』

 意識を失う直前。
 確かに、自分の名を呼ばれた気がした。
 あれは、紫鬼の声だった。

 (……でも)

 あの時は意識も朦朧としていた。
 もしかすると、夢だったのかもしれない。

 ぼんやりと考えていると、障子の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。

 「奈津様!」

 勢いよく障子が開く。

 「コマ……?」

 「よかったぁ……!」

 コマは今にも泣き出しそうな顔で、枕元へ駆け寄った。

 「全然起きないから、ぼく……っ」

 「ごめんね。心配かけちゃったね」

 奈津が手を伸ばすと、コマはその手へ頬を寄せる。
 その温もりに、奈津の頬も緩んだ。

 「もう、大丈夫だよ」

 「本当ですか?」

 「うん。まだ少し身体は痛いけど……」

 「それを大丈夫とは言いませんよ」

 穏やかな声が割って入る。

 「九重様」

 九重が部屋へ入ってきた。
 手には、湯気の立つ椀が載った盆を持っている。

 「昨日の今日なのですから、まだ安静になさってください」

 「でも……」

 「掃除も、お手伝いも禁止です」

 先回りされ、奈津は目を瞬いた。

 「……どうしてそれを?」

 「夜刀から聞きましたよ。以前、私が安静にするよう申し上げたそばから、掃除をしていたそうですね」

 奈津は気まずそうに視線を落とす。
 その様子に、コマがくすくすと笑った。

 「今回は大人しく休んでいてくださいね」

 「……はい」

 九重は奈津へ椀を差し出す。

 「まずはこちらを。身体を温める薬湯です」

 「ありがとうございます」

 両手で受け取り、一口飲む。
 じんわりとした温かさが、冷えの残る身体へ染み込んでいった。
 そこで、ふと思い出す。

 「……あの」

 「はい」

 「紫鬼様は……?」

 九重の表情が和らぐ。

 「ご心配には及びません。昨夜、奈津様が浄めてくださったおかげで、今朝には随分と回復されました」

 「……よかった」

 安堵の息が零れる。

 その時だった。廊下の向こうが、にわかに騒がしくなった。
 奈津は顔を上げる。

 「何か……あったのですか?」

 九重とコマが視線を交わした。
 その様子に、奈津の胸がざわつく。
 やがて九重が口を開く。

 「昨夜、奈津様を地下水路へ落とした者たちについて、これから処分が下されます」

 奈津の指が止まった。

 「……処分?」

 「はい」

 あの二人の顔が脳裏に浮かぶ。
 冷たい水。身体の中へ入り込んでくる穢れ。遠のいていった意識。
 無意識に、奈津の手へ力が入った。