あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 「奈津様!」

 同じ頃、コマも屋敷中を駆け回っていた。

 「奈津様ー!」

 部屋にもいない。
 厨房にも、洗濯場にもいない。
 奈津が行きそうな場所を、思いつく限り探した。

 「どこにいるんですか……」

 コマは足を止め、すん、と鼻を鳴らして奈津の匂いを探す。
 人間である奈津の匂いなら、鬼ばかりの屋敷の中では見つけやすいはずだった。

 けれど――。

 「……分からない」

 何度確かめても、いつもの匂いをうまく捉えられない。

 「奈津様……」

 胸に不安が募る。
 それでも諦めず廊下を駆けていた、その時。

 「……あれ?」

 コマが足を止めた。
 床に、小さな染みが落ちている。
 しゃがみ込み、覗き込む。

 「水……?」

 その先にも一滴。
 さらに向こうにも、ぽつりと落ちていた。
 まるで、ずぶ濡れの誰かが歩いたあとに残されたように。
 コマの琥珀色の瞳が大きく見開かれる。

 「……奈津様?」

 水滴は、廊下の奥へと続いていた。

 「奈津様!」

 コマは弾かれたように駆け出した。

 ◇

 夜刀は地下水路へ向かっていた。

 (くそ……!)

 あそこに溜まる穢れは、鬼にとっては大したものではない。
 だが、人間は違う。
 どれほどの間、水に浸かっていたのか。

 夜刀はさらに足を速める。

 「夜刀様!」

 廊下の先から、コマが駆けてきた。

 「コマ?」

 「こっちです!」

 コマが焦った様子で床を指差す。

 「水が……地下水路の方から、ずっと続いてるんです!」

 夜刀が目を落とした。
 ぽつり、ぽつりと残された水滴。
 確かに、地下水路のある方角から続いてきている。

 「……あいつか」

 二人は水滴を辿って駆け出した。
 そして、角を曲がった先で――。

 「……!」

 夜刀の足が止まる。

 「奈津様!」

 コマの悲鳴にも似た声が響いた。
 壁に手をつき、覚束ない足取りで歩いてくる人影があった。

 全身ずぶ濡れだった。
 長い黒髪は頬や首筋に張りつき、着物からは歩くたびに水が滴っている。
 手も膝も傷だらけで、顔からは血の気が失せていた。

 それでも奈津は、自分の足でここまで戻ってきていた。