あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 「……今、何と?」

 九重の視線が向けられる。
 若い鬼は一瞬怯んだものの、続けた。

 「所詮は人間です。紫鬼様をお救いすると口では言っていても、いざ責を負うとなれば怖気づいたのかもしれません」

 もう一人も焦ったように続ける。

 「肝心な時に姿を消すような者を、紫鬼様のお側に置いておく必要など――」

 「奈津様は――!」

 コマが声を上げかけた、その時。

 「黙れ」

 低い声が落ちた。
 ざわめきが、一瞬で消える。

 紫鬼がゆっくりと顔を上げた。
 顔色は青白く、立っていることすら辛いはずなのに、その深紫の瞳だけは鋭さを失っていない。

 「あれは、そんなことで投げ出す女ではない」

 「……っ」

 二人の若い鬼が息を呑む。

 九重も紫鬼を見る。
 この数日、紫鬼は奈津が何度も自分の穢れに触れる姿を見てきた。
 どれほど苦しさを感じ取ろうと、自ら手を離したことは一度もない。

 「屋敷の者をすべて動かせ」

 「紫鬼様、ですがお身体が――」

 「俺のことはいい」

 紫鬼の声が低くなる。

 「――必ず見つけ出せ」

 「奈津様……!」

 真っ先に動いたのはコマだった。
 いても立ってもいられないように身を翻し、そのまま廊下の向こうへ駆けていく。

 「ぼく、探してきます!」

 九重もすぐに周囲へ指示を飛ばした。

 「屋敷の内外を手分けして探してください。見つけ次第、すぐに知らせるように」

 「はい!」

 鬼たちが一斉に散っていく。

 その中で、夜刀だけは動かなかった。
 視線の先にいるのは、昼間奈津を追い出すよう進言してきた二人の若い鬼。
 他の者たちが慌ただしく動き始める中、二人だけが落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。
 夜刀の目が細められた。

 「……お前ら」

 二人の肩が跳ねる。

 「何か知ってんな?」

 「な、何を……」

 「とぼけんな」

 夜刀が一歩詰め寄る。

 「お前ら、あいつに何しやがった」

 「……っ」

 その反応だけで十分だった。
 夜刀は一人の胸倉を掴み上げる。

 「どこだ」

 「……」

 「どこにやった」

 低い声に、二人の顔から血の気が引いていく。

 「ち、地下水路です……!」

 夜刀の表情が消えた。

 「……地下水路?」

 「た、ただ少し懲らしめようとしただけで……! 大した害もない場所ですし――」

 「馬鹿野郎!」

 怒声が響き渡った。
 びり、と空気が震えるほどの妖気が夜刀から噴き上がる。
 二人が怯えたように身を竦めた。

 「あそこは穢れが溜まる場所だぞ! 鬼ならまだしも、人間が落ちたらどうなるかも分かんねぇのか!」

 「そ、そんな……」

 「俺たちは、そこまでとは……」

 夜刀の表情が険しくなる。

 「知らなかったで済むと思ってんのか」

 低い声に、二人が息を呑む。
 夜刀は掴んでいた鬼を乱暴に突き放した。

 「そこ動くな。後で話は聞く」

 吐き捨てるなり、地下水路へ向かって駆け出した。