あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 「大丈夫よ」

 綾乃はにこりと笑う。

 「今のところ、堂目道家から何か言ってきたわけでもないでしょう?」

 「……そうだけど」

 「でしたら、そんなに怯える必要はないわ」

 優しく宥めるように言うと、宗一はようやく少し肩の力を抜いた。

 「……綾乃は強いな」

 「そうかしら?」

 「ああ」

 宗一は、今度こそ親しげに距離を詰める。

 「それに僕は、綾乃のためにここまでしたんだ。奈津との婚約も捨てた。森のことだって、綾乃に手を貸した」

 まるで、自分が大きな犠牲を払ったとでも言いたげだった。

 「だから……そろそろ、僕たちのこともちゃんと考えてくれてるんだよな?」

 「私たちのこと?」

 「綾乃のところには、今も妖から縁談が来てるんだろ? でも、全部断ってるって聞いた」

 宗一の顔に、妙な自信が浮かぶ。

 「僕がいるから、他の妖からの縁談も断ってくれているんだろう?」

 綾乃は一瞬、言葉を失った。
 よくもまあ、そこまで都合よく考えられるものだ。
 けれど、表情には出さない。

 「……ふふ」

 口元に柔らかな笑みを浮かべる。

 「どうでしょうね?」

 「綾乃」

 「そんなに急がなくてもいいじゃない」

 綾乃は宗一の胸元へそっと手を添え、それ以上近づかないよう押しとどめた。

 「私はまだ、いろいろと考えたいの」

 「……分かったよ」

 宗一は納得しきれない様子だったが、やがて頷いた。

 「……分かった。けど、俺は待ってるから」

 宗一はそう言い残し、名残惜しそうに部屋を出ていった。

 綾乃は笑顔で見送る。
 そして、襖が閉じた瞬間。

 「……何を勘違いしてるのかしら」

 吐き捨てるように呟く。

 自分が宗一のために縁談を断っている?
 冗談ではない。

 宗一そのものが欲しかったわけではない。
 奈津から奪いたかっただけだ。
 今では、恋人面でまとわりついてくることすら煩わしい。

 (そろそろ、どうやって切ろうかしら)