あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 月明かりの下、紫鬼の白い顔は昼間よりもさらに青ざめて見えた。
 奈津はその前まで辿り着く。
 紫鬼は、裸足で駆け寄ってきた奈津を呆れたように見下ろした。

 「……諦めの悪いやつだ」

 「すみません……」

 「なぜ謝る」

 「え?」

 思わぬ言葉に、奈津は目を瞬いた。
 けれど紫鬼はそれ以上何も言わない。
 奈津は紫鬼の前に膝をついた。
 そして、そっと手を伸ばす。

 (今度こそ……)

 指先が、紫鬼の手に触れる。
 その瞬間――。

 「……っ!」

 身体の奥まで、一気に引きずり込まれるような感覚に襲われた。
 奈津は息を詰める。

 苦しい。胸を押し潰されるような圧迫感。
 身体の芯まで凍りつくような冷たさ。
 かと思えば、皮膚の内側を焼かれているような熱が走る。

 息を吸おうとしても、うまく吸えない。
 手足から力が抜け、意識まで暗い底へ堕ちていきそうになる。

 「……っ、は……」

 思わず手を離しかけて、奈津は踏みとどまった。
 これは、奈津自身の苦しみではない。

 (紫鬼様が……感じているもの……?)

 昨日はただ、そこに膨大な穢れがあることしか分からなかった。
 今は違う。
 触れた手を通して、その穢れが紫鬼の身体をどれほど蝕んでいるのかまで伝わってくる。

 しかも、終わらない。
 一つの痛みに慣れる間もなく、また別の苦しさが押し寄せる。

 逃げることも、吐き出すこともできない。
 ただ身体の内側に抱えたまま、耐え続けるしかない。

 (これを……ずっと……?)

 奈津は息を呑んだ。
 ほんのわずかな間触れているだけなのに、逃げ出したくなるほど苦しい。
 それなのに紫鬼は、この苦しみを身体の内に抱えたまま生きている。
 誰かを救うたび、更に新たな穢れを引き受けながら。

 (この人は……ずっと一人で耐えてきたんだ)

 「……っ」

 その苦しさを、奈津は知っている。
 仕方がないと諦めて、ただ耐えるしかない苦しさを。

 (……嫌)

 奈津は紫鬼の手を握り直す。
 自分のことは、どうすることもできなかった。
 けれど、もしこの手だけが――誰にも届かなかったこの人の苦しみに、届く可能性があるのなら。

 コマの言葉が蘇る。

 『暗くて、苦しくて、誰の手も届かないところにいたぼくに……奈津様の光だけが届いたんです』

 (誰の手も、届かないところ……)

 その時、奈津は気づいた。

 あの夜、コマを救った時。
 自分は力を使おうなどと考えていなかった。
 ただ、助けたいと願っただけだった。

 光が出るかどうかも。
 自分が本当に《癒し子》なのかも。
 今は、どうでもいい。

 (助けたい)

 奈津は紫鬼の手を、両手で包み込む。

 (紫鬼様を、助けたい)

 その瞬間――。
 奈津の手のひらから、眩い光が溢れた。