あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 奈津は怯みながらも、奥庭へ視線を戻した。
 紫鬼は少し離れた場所から、こちらのやり取りを黙って見ている。

 「今日も……穢れを引き受けたのですか?」

 奈津は紫鬼へ問いかけた。
 その言葉に、夜刀の眉間に深い皺が刻まれる。

 「……お前、なんでそれを知ってる」

 「九重様から、聞きました」

 「九重が……?」

 夜刀は忌々しげに舌打ちする。
 それでも奈津は、紫鬼から目を離せなかった。
 昨日触れた、あの穢れ。
 あれにさらに新しい穢れが加わっているのだとしたら――。

 奈津は意を決し、庭へ下りようとする。
 だが、すぐさま夜刀がその行く手を塞いだ。

 「近づくな」

 奈津の足が止まる。
 金の瞳が、鋭く奈津を睨んでいる。

 怖い。初めて会った時、夜刀は迷うことなく奈津の喉元へ刃を突きつけた。
 今だって、少しでも妙な真似をすれば何をされるか分からない。

 それでも。奈津はぎゅっと手を握った。

 「わ、私……諦めません」

 「……は?」

 夜刀が眉をひそめる。
 声を震わせながらも、奈津は続けた。

 「紫鬼様は、どうすることもできないから受け入れていると仰いました。でも……」

 昨日聞いた声が蘇る。

 『誰にも、どうすることのできないものだ』
 『……俺はそれを受け入れている』

 「苦しいことを、仕方がないって受け入れるしかないのは……」

 奈津は一度唇を結んだ。

 「とても辛いことだと、私は知っています」

 夜刀が黙る。
 ほんの一瞬だけ、金の瞳に戸惑いのようなものが浮かんだ気がした。
 奈津は、その隙に一歩踏み出した。

 「おい……!」

 「夜刀」

 静かな声が、夜の庭に響いた。
 夜刀が振り返る。

 「紫鬼様」

 「構わん」

 「ですが――」

 「俺がいいと言っている」

 夜刀は納得していない様子で奈津を見る。
 それでも主の命令には逆らわず、渋々と脇へ退いた。

 道が開く。
 奈津は履物を取ることも忘れ、そのまま裸足で奥庭へ下りた。
 足裏に触れる夜の冷たさにも構わず、紫鬼の元へ向かう。