その夜、奈津は布団の中で目を開けていた。
昼間ほとんど身体を動かしていなかったせいだろうか。
なかなか眠気が訪れない。
静まり返った部屋で、ふと紫鬼のことを考える。
九重の話では、各地で穢れに呑まれそうな妖が出れば、紫鬼自らそのもとへ赴くことがあるという。
(今日も、どこかへ行っているのかな……)
また誰かの穢れを引き受けているのだろうか。
そんなことを考えていた時だった。
外から、微かな物音が聞こえた。
「……?」
奈津は身体を起こす。
耳を澄ませてみるが、それきり音はしない。
それでも、昨夜のことがあったせいか、妙に胸が騒いだ。
羽織を肩に掛け、そっと障子を開ける。
夜の屋敷はしんと静まり返っていた。
月明かりが、長い廊下を青白く照らしている。
奈津は足音を立てないよう、廊下へ出た。
すると――奥庭の方に、人影が見えた。
月明かりを受けて、白銀の髪が揺れる。
「……紫鬼様」
思わず声が零れた。
紫鬼だった。
どうやら、外から戻ってきたばかりらしい。
けれど、その姿を見た瞬間、胸がざわついた。
顔色が悪い。
これまで奈津が見てきた姿とは違い、足取りもどこか重たげだった。
(やっぱり……)
今日も、誰かの穢れを引き受けてきたのだろうか。
奈津は思わず紫鬼のもとへ向かおうとした。
「何してやがる」
静まり返った夜の廊下に、低い声が割り込んだ。
「……っ!」
奈津はびくりと肩を揺らし、振り返る。
廊下の暗がりに、夜刀が立っていた。
長い黒髪。獣のような金の瞳。
その鋭い視線を向けられただけで、身体が強張る。
「や、夜刀様……」
「こんな時間に、人間がうろちょろしてんじゃねぇ」
「でも、紫鬼様が……」
「お前には関係ねぇ」
取りつく島もない声音だった。

