昼下がりの町は、多くの人で賑わっていた。
奈津は両腕いっぱいの包みを抱え、少し先を歩く綾乃のあとを追っていた。
「遅いわよ」
「ごめんなさい」
奈津はずり落ちそうになった包みを抱え直した。
仕立て上がったばかりの着物に、いくつもの新しい簪。
そのうちの一本は、さっそく綾乃の亜麻色の髪を華やかに飾っている。
どれも、これから良縁を結ぶであろう綾乃のために、惜しみなく買い与えられたものだ。
九条家には、もちろん使用人がいる。
本来なら、こうした荷物を奈津が持つ必要などなかった。
それでも綾乃は、外出のたびに奈津を供として連れ出したがった。
その時だった。
ざわり、と。通りの先から、波が引くように人々が道の両脇へ寄り始めた。
「……何?」
奈津が顔を上げる。
つい先ほどまで賑わっていた通りが、次第に静まり返っていく。
「まさか……堂目道家の……?」
「紫鬼様だ」
「こんなところでお姿を見られるなんて……」
周囲から、驚きを含んだ囁きが次々と上がる。
綾乃も目を見開き、通りの先を見つめる。
「……紫鬼様?」
やがて、数人の妖を従えた一人の男が姿を現した。
白銀の髪が、陽の光を受けて眩いほどに煌めいている。
人ならざるほど整った顔立ちに、深い紫の瞳。
ただ歩いているだけなのに、その場にいるすべての者を圧するような存在感があった。
奈津は思わず息を止めた。
――綺麗な方。
それが、最初に浮かんだ言葉だった。
道端から、誰かの囁き声が聞こえる。
「本当にお美しい方ね」
「けれど、無闇に目を合わせるなよ。鬼の中でもあのお方は別格だ」
妖にも、血筋や力による格がある。
中でも《鬼》は、数ある妖の頂点に立つ種族。
そして堂目道家は、その鬼の中でも屈指の力と歴史を誇る名家だった。
その若き当主こそ、紫鬼。
人間の名家にとって、高位の妖との婚姻は大きな名誉だ。
まして堂目道家ともなれば、娘を持つ家々が一度は夢見るほどの相手だった。
「堂目道家って、これまで一度も人間の花嫁を迎えたことがないんでしょう?」
近くにいた娘たちのひそひそ声が耳に入る。
「ええ。紫鬼様ご自身にも、何人もの縁談が持ち込まれたそうだけれど、全部断っているって」
綾乃は、そんな声など聞こえていないかのように紫鬼を見つめていた。
頬が僅かに紅潮している。
「……素敵」
ぽつりと零れた声に、奈津が綾乃を見る。
「綾乃?」
「私、決めたわ」
綾乃は紫鬼から目を離さないまま、うっとりと微笑んだ。
「どうせ嫁ぐなら、あれくらいの方でなくちゃ」
「でも……堂目道家は、人間の花嫁を迎えたことがないって……」
「今までの女と私を一緒にしないで」
綾乃は当然のように言った。
「私ほど強い浄化の力を持つ娘なんて、そうはいないでしょう?」
そして、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「紫鬼様だって、私の力を知れば考えを変えるわ」
奈津は何も言えなかった。
「問題は、どうやってお近づきになるかね」
綾乃は遠ざかっていく白銀の後ろ姿を、いつまでも熱っぽく見つめていた。
奈津もまた、その姿を目で追った。
ただ――自分とは決して縁のない、遥か遠い存在として。
奈津は両腕いっぱいの包みを抱え、少し先を歩く綾乃のあとを追っていた。
「遅いわよ」
「ごめんなさい」
奈津はずり落ちそうになった包みを抱え直した。
仕立て上がったばかりの着物に、いくつもの新しい簪。
そのうちの一本は、さっそく綾乃の亜麻色の髪を華やかに飾っている。
どれも、これから良縁を結ぶであろう綾乃のために、惜しみなく買い与えられたものだ。
九条家には、もちろん使用人がいる。
本来なら、こうした荷物を奈津が持つ必要などなかった。
それでも綾乃は、外出のたびに奈津を供として連れ出したがった。
その時だった。
ざわり、と。通りの先から、波が引くように人々が道の両脇へ寄り始めた。
「……何?」
奈津が顔を上げる。
つい先ほどまで賑わっていた通りが、次第に静まり返っていく。
「まさか……堂目道家の……?」
「紫鬼様だ」
「こんなところでお姿を見られるなんて……」
周囲から、驚きを含んだ囁きが次々と上がる。
綾乃も目を見開き、通りの先を見つめる。
「……紫鬼様?」
やがて、数人の妖を従えた一人の男が姿を現した。
白銀の髪が、陽の光を受けて眩いほどに煌めいている。
人ならざるほど整った顔立ちに、深い紫の瞳。
ただ歩いているだけなのに、その場にいるすべての者を圧するような存在感があった。
奈津は思わず息を止めた。
――綺麗な方。
それが、最初に浮かんだ言葉だった。
道端から、誰かの囁き声が聞こえる。
「本当にお美しい方ね」
「けれど、無闇に目を合わせるなよ。鬼の中でもあのお方は別格だ」
妖にも、血筋や力による格がある。
中でも《鬼》は、数ある妖の頂点に立つ種族。
そして堂目道家は、その鬼の中でも屈指の力と歴史を誇る名家だった。
その若き当主こそ、紫鬼。
人間の名家にとって、高位の妖との婚姻は大きな名誉だ。
まして堂目道家ともなれば、娘を持つ家々が一度は夢見るほどの相手だった。
「堂目道家って、これまで一度も人間の花嫁を迎えたことがないんでしょう?」
近くにいた娘たちのひそひそ声が耳に入る。
「ええ。紫鬼様ご自身にも、何人もの縁談が持ち込まれたそうだけれど、全部断っているって」
綾乃は、そんな声など聞こえていないかのように紫鬼を見つめていた。
頬が僅かに紅潮している。
「……素敵」
ぽつりと零れた声に、奈津が綾乃を見る。
「綾乃?」
「私、決めたわ」
綾乃は紫鬼から目を離さないまま、うっとりと微笑んだ。
「どうせ嫁ぐなら、あれくらいの方でなくちゃ」
「でも……堂目道家は、人間の花嫁を迎えたことがないって……」
「今までの女と私を一緒にしないで」
綾乃は当然のように言った。
「私ほど強い浄化の力を持つ娘なんて、そうはいないでしょう?」
そして、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「紫鬼様だって、私の力を知れば考えを変えるわ」
奈津は何も言えなかった。
「問題は、どうやってお近づきになるかね」
綾乃は遠ざかっていく白銀の後ろ姿を、いつまでも熱っぽく見つめていた。
奈津もまた、その姿を目で追った。
ただ――自分とは決して縁のない、遥か遠い存在として。

