あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 誰かを救うたび、一つ、また一つ。
 長い時間をかけて蓄積した穢れが、幾重にも絡まり合い、紫鬼の奥深くへ染みついている。
 まるで――解くことのできない呪いのように。
 奈津はぎゅっと紫鬼の手を握った。

 (お願い……)

 コマを救った時のことを思い出す。
 あの時と同じように。
 もう一度、この手から光が出てくれれば。

 (消えて……)

 奈津は強く願った。

 (お願い……!)

 けれど、何も起こらない。
 手のひらから光が溢れることもなければ、紫鬼の中にある重苦しいものが薄れることもない。

 「……どうして」

 奈津の唇から、小さな声が零れた。
 これでは昨夜と同じだ。
 もっと強く願えばいいのだろうか。

 もっと集中すれば、もっと、もう一度――。
 そう思った時、紫鬼が静かに手を引いた。
 奈津の手が、行き場を失う。

 「紫鬼様……」

 「もう十分だろう」

 低い声が落ちた。
 奈津は唇を噛む。

 「でも、今……少しだけ、分かったんです」

 紫鬼が奈津を見る。

 「紫鬼様の中にある穢れを、感じました」

 「……」

 「いくつもの穢れが、絡まり合って……ずっと奥まで続いているような……」

 うまく言葉にできない。
 それでも、触れる前とは違う。
 確かに何かを感じ取ることはできたのだ。

 「だから、もう少し試せば――」

 「無駄だ」

 奈津の言葉を、紫鬼が遮った。

 「……っ」

 「それは、とうに俺の一部となっている」

 紫鬼は淡々と告げる。

 「誰にも、どうすることのできないものだ」

 あまりにも静かな声だった。
 怒っているわけでもない。
 悲しんでいるようにも見えない。

 「……俺はそれを受け入れている」

 あまりにも静かな言い方だった。
 まるで、とうに諦めているような――。

 「話はそれだけか」

 「……はい」

 「ならば下がれ」

 「……失礼いたします」

 奈津は頭を下げ、立ち上がった。

 障子の前まで歩き、一度だけ振り返る。
 紫鬼はすでに奈津から視線を外し、再び文机へ向かっていた。
 まるで、今のことなど最初からなかったかのように。

 奈津は何も言えないまま、執務室を後にした。