結局、ほとんど眠れず朝を迎えた。
寝不足でどこか頭がぼんやりしたまま朝餉を終え、コマと廊下を歩いていた時だった。
ふと、渡り廊下の先に白銀の髪が見えた。
「……紫鬼様」
奈津は足を止める。
紫鬼は数人の鬼を従え、屋敷の奥へ歩いていくところだった。
額に角はなく、背筋も真っ直ぐ伸びている。
昨夜のことなど、何ひとつなかったように見えた。
(あんなに、苦しそうだったのに……)
奈津は遠ざかっていく白銀の髪を、しばらく見つめていた。
◇
昼を少し過ぎた頃。
奈津の部屋を訪れたのは、九重だった。
「癒し子様。少々、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「はい」
案内された一室で、奈津は九重と座卓を挟んで向かい合った。
ほどなく女中が茶と菓子を運んでくる。
女中が退出するのを待ってから、九重が口を開いた。
「コマを救われた時のことについて、もう少し詳しくお聞かせいただけますか」
「……はい」
「以前、気づけば手から光が溢れていたと仰っていましたね。その直前に、何か普段とは違う感覚はございませんでしたか?」
「感覚……」
奈津は、あの夜を思い返す。
異形化し、暴れていたコマ。
けれど、触れた時――。
「……苦しかった、気がします」
九重の閉じられていた目が、僅かに開く。
「癒し子様が?」
「いえ。私ではなくて……コマが」
自分でも、うまく説明できない。
「触れた時に、コマがすごく苦しんでいるような……そんなものが伝わってきた気がしたんです」
「それから?」
「助けたいと思って……そうしたら、光が」
奈津は自分の手のひらを見る。
何の変哲もない、見慣れた手。
ずっと、自分には何の力もないと思っていた。
けれど、この手は一度だけ、コマを救った。
「……でも」
奈津の声が小さくなる。
「昨夜は、できませんでした」
九重の口元に浮かんでいた笑みが、薄れた。
「昨夜?」
奈津は少し迷ったあと、口を開く。
「庭で、紫鬼様を見かけたんです」
九重は驚かなかった。
「ひどく苦しんでいらっしゃいました。身体中を、ものすごい量の穢れが覆っていて……」
奈津は少し迷ってから、尋ねる。
「あれは……他の妖から引き受けたものなんですか?」
九重はすぐには答えなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……ええ」
「やっぱり……」
「紫鬼様には、他者の穢れを自らへ移す力がございます」
寝不足でどこか頭がぼんやりしたまま朝餉を終え、コマと廊下を歩いていた時だった。
ふと、渡り廊下の先に白銀の髪が見えた。
「……紫鬼様」
奈津は足を止める。
紫鬼は数人の鬼を従え、屋敷の奥へ歩いていくところだった。
額に角はなく、背筋も真っ直ぐ伸びている。
昨夜のことなど、何ひとつなかったように見えた。
(あんなに、苦しそうだったのに……)
奈津は遠ざかっていく白銀の髪を、しばらく見つめていた。
◇
昼を少し過ぎた頃。
奈津の部屋を訪れたのは、九重だった。
「癒し子様。少々、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「はい」
案内された一室で、奈津は九重と座卓を挟んで向かい合った。
ほどなく女中が茶と菓子を運んでくる。
女中が退出するのを待ってから、九重が口を開いた。
「コマを救われた時のことについて、もう少し詳しくお聞かせいただけますか」
「……はい」
「以前、気づけば手から光が溢れていたと仰っていましたね。その直前に、何か普段とは違う感覚はございませんでしたか?」
「感覚……」
奈津は、あの夜を思い返す。
異形化し、暴れていたコマ。
けれど、触れた時――。
「……苦しかった、気がします」
九重の閉じられていた目が、僅かに開く。
「癒し子様が?」
「いえ。私ではなくて……コマが」
自分でも、うまく説明できない。
「触れた時に、コマがすごく苦しんでいるような……そんなものが伝わってきた気がしたんです」
「それから?」
「助けたいと思って……そうしたら、光が」
奈津は自分の手のひらを見る。
何の変哲もない、見慣れた手。
ずっと、自分には何の力もないと思っていた。
けれど、この手は一度だけ、コマを救った。
「……でも」
奈津の声が小さくなる。
「昨夜は、できませんでした」
九重の口元に浮かんでいた笑みが、薄れた。
「昨夜?」
奈津は少し迷ったあと、口を開く。
「庭で、紫鬼様を見かけたんです」
九重は驚かなかった。
「ひどく苦しんでいらっしゃいました。身体中を、ものすごい量の穢れが覆っていて……」
奈津は少し迷ってから、尋ねる。
「あれは……他の妖から引き受けたものなんですか?」
九重はすぐには答えなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……ええ」
「やっぱり……」
「紫鬼様には、他者の穢れを自らへ移す力がございます」

