あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 「使役獣……?」

 初めて聞く言葉だった。

 「はい。主と契りを結んで仕える、獣妖のことです」

 「契り……」

 「といっても、無理やり従わされるわけじゃないですよ。お互いが望んで結ぶものなんです」

 コマはどこか誇らしげに胸を張った。

 「ぼくも、自分から紫鬼様にお願いしたんです」

 「自分から?」

 「はい。紫鬼様は、ぼくの命の恩人ですから」

 そう話すコマの表情が、ふっと柔らかくなる。

 「ずっと昔、行くところがなかったぼくを拾ってくださったんです。それから、ずっと紫鬼様のおそばにいます」

 「そうだったのね……」

 奈津は頷き――そこで、ひとつ疑問が浮かんだ。
 それほど近くにいたのなら。

 「それなら、どうして浄化を受けなかったの?」

 「え?」

 「堂目道家から要請すれば、浄化をお願いすることもできたでしょう?」

 完全に異形化してしまう前なら、まだ助けられたはずだ。
 コマの耳が、少しだけ下がる。

 「……ぼくも、自分はまだ大丈夫だと思ってたんです」

 「どういうこと?」

 「穢れを溜めすぎないようにって、前から言われてました。でも、ぼくはそんなに溜め込んでないつもりで……」

 コマは自分の手元へ目を落とした。

 「なのに、何かおかしいって気づいた頃には、びっくりするくらい早く穢れに呑まれ始めたんです」

 「そんなに急に……?」

 「はい。浄化をお願いしても、もう間に合わないんじゃないかって思うくらい」

 奈津は眉を寄せた。
 穢れは、本来なら少しずつ蓄積し、身体や心を蝕んでいくもの。
 少なくとも、奈津はそう教わってきた。

 (そんなに急激に、異形化が進むことなんてあるの……?)

 疑問は残った。
 けれど、今はそれよりも気になることがある。

 「それならなおさら、紫鬼様を頼ろうとは思わなかった?」

 「……できなかったんです」

 「どうして?」

 コマの小さな手が、着物の裾をぎゅっと握る。

 「怖かったから」

 その声は、先ほどまでとは違っていた。

 「穢れがひどくなってから、お腹が空いて仕方なくなったんです。どれだけ食べても違うっていうか……もっと別のものが欲しいって、ずっと頭の中で言われてるみたいで」

 奈津は息を呑んだ。
 森で見た、異形化したコマの姿が蘇る。

 「だんだん、自分が自分じゃなくなっていくみたいでした」

 「コマ……」

 「もし完全に異形化したら、紫鬼様や九重様たちを襲っちゃうかもしれない。それが怖くて……」

 だから、助けを求めるのではなく、誰にも告げず屋敷を離れた。
 大切な者たちを傷つけないために。

 「それに……」

 コマがさらに声を落とした。

 「紫鬼様には、知られたくなかったんです」

 「どうして?」

 「だって、知られたら……」

 コマは一度口を噤む。
 そして、ぽつりと零した。

 「紫鬼様、またぼくの穢れまで引き受けちゃうから」

 「……引き受ける?」

 「あっ!」

 コマがはっとして、両手で口を覆った。

 「い、今のは紫鬼様には内緒にしてください!」

 「え?」

 「お願いします、奈津様!」

 勢いよく頭を下げられ、奈津は戸惑う。

 「わ、分かったから。頭を上げて」

 「絶対ですよ?」

 「うん」

 奈津が頷くと、コマはようやく顔を上げた。

 けれど、奈津の頭には、その言葉が残った。

 (穢れを……引き受ける?)

 どういう意味なのか尋ねても、コマは困ったように耳を伏せるばかりだった。