あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 奈津は、襖の前で息を呑んだ。

 「綾乃には、本当に強い浄化の力がございます」

 明美がすかさず口を添える。

 「この子ほどの力を持つ娘は、そうおりません。奈津よりも、きっと紫鬼様のお役に立てるはずです」

 「そうです、紫鬼様」

 綾乃も身を乗り出した。

 「花嫁候補にするのであれば、私の方がふさわしいはずですわ」

 その顔には、揺るぎない自信が浮かんでいた。
 欲しいものは、最後には必ず手に入る。奈津には見慣れた表情だった。

 けれど紫鬼は、何も答えなかった。
 そのまま立ち上がると、綾乃たちには目もくれず、客間を横切ってくる。
 奈津は思わず身を固くした。

 やがて紫鬼は襖の前で足を止め、一気に開け放つ。

 「……っ」

 視線がぶつかった。
 風呂敷を抱えた奈津を見ても、紫鬼は驚いた様子を見せない。
 ただ片手を差し出した。

 「来い」

 「……え?」

 奈津は戸惑いながらも、おずおずとその手を取る。
 大きな手に導かれるまま客間へ足を踏み入れると、奈津は紫鬼と肩を並べていた。

 紫鬼は奈津を隣に立たせたまま、綾乃へ静かな視線を向けた。

 「俺が花嫁候補とするのは、ただ一人だ」

 その声音には、迷いも揺らぎもなかった。

 「それ以外は必要ない」

 「……っ」

 綾乃の顔から、すっと笑みが消えた。
 紫鬼はそれ以上、綾乃に言葉を向けなかった。
 奈津の抱える風呂敷へ目を落とす。

 「準備は済んだか」

 「……はい」

 「なら、行くぞ」

 紫鬼は奈津の手を離し、そのまま何事もなかったように横を通り過ぎていった。

 「九重」

 「はい」

 呼ばれた九重も、何事もなかったように紫鬼のあとへ続いた。
 客間に残された綾乃たちへ、九重は丁寧に一礼する。

 「それでは、失礼いたします」

 柔らかな物腰は変わらない。
 けれど、綾乃の申し出に触れることは一切なかった。

 「お、お待ちください、紫鬼様……!」

 綾乃の声が背後から追いかけてくる。
 けれど紫鬼は、振り返りもしなかった。

 奈津は一度、客間を振り返った。
 綾乃は、信じられないものを見るようにその場に立ち尽くしている。
 奈津は風呂敷を抱き直し、紫鬼の背中を追った。