あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 自室へ戻ると、奈津は風呂敷を広げた。

 色褪せた着物を数枚。身の回りの小物。
 持っていくものを選び始めて、奈津はふと気づく。
 長く暮らしたはずなのに、自分のものと呼べるものは驚くほど少なかった。

 最後に、箪笥の奥から小さな桐箱を取り出す。
 蓋を開けると、白蝶貝で小さな桜を象った簪が収められていた。
 母が遺してくれた、たったひとつの形見。

 かつて綾乃に「ちょうだい」とねだられたことがある。
 あの時だけは、どうしても頷けなかった。
 どれほど叱られても、痛い目に遭わされても、この簪だけは渡さなかった。

 奈津はそっと指先で桜の花を撫でる。
 この家で、守り抜けたものはほとんどない。
 けれど、これだけは――。
 奈津は桐箱の蓋を閉じ、大切に風呂敷へしまった。

 この部屋で過ごした年月は長い。
 けれど、思い返すのは息を潜めて暮らした記憶ばかりだった。
 もう、それをしなくていい。
 そう思うと、胸の奥に詰まっていたものが、少しだけほどけた気がした。

 荷物をまとめ、風呂敷を抱えて客間へ戻る。
 襖の向こうから聞こえてきた声に、奈津は足を止めた。

 「私には、強い浄化の力があるのです」

 綾乃の声だった。

 「お姉様より、必ずお役に立てます」

 奈津は目を瞬く。
 僅かに開いた襖の隙間から、中を覗く。

 「ですから――」

 綾乃は紫鬼の前に座り、まっすぐ彼を見つめていた。
 焦りを滲ませながらも、その瞳にはまだ、自分が選ばれないはずがないという確信が残っている。

 「お姉様ではなく、どうか私を連れて行ってください」