あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 客間には、重たい沈黙が落ちていた。

 畳敷きの和室、その上座には紫鬼。
 奈津は、その隣に座っている。
 紫鬼の後ろには九重が控え、向かいには正臣と明美、綾乃が並んでいた。

 誰も、言葉を発さない。
 三人の視線は、紫鬼の隣に座る奈津へ注がれていた。

 奈津は膝の上で、そっと手を握りしめる。
 見慣れた客間。
 幼い頃から何度も出入りしてきた場所なのに、今はまるで知らない場所のように感じられた。

 「……奈津」

 沈黙に耐えかねたように、正臣が口を開いた。

 「お前……本当に奈津なのか?」

 「……はい」

 奈津は小さく答えた。
 父の目に浮かんでいるのは、安堵ではない。
 驚きと、戸惑い。まるで、生きて帰ってきたことそのものが予想外だったと言わんばかりに。

 「どうして、お前が……」

 正臣の視線が、紫鬼へ移る。

 「堂目道家ご当主と一緒に……?」

 紫鬼は正臣を一瞥した。

 「結界の森で見つけた」

 「……結界の森で?」

 正臣の顔が強張る。明美も息を呑んだ。
 けれど――。

 「お姉様……!」

 綾乃が、悲痛な声を上げた。

 「婚姻のことで、そんなに思い詰めていたなんて……どうして私に話してくださらなかったの?」

 「……え?」

 「突然いなくなってしまったから、私、本当に心配したのよ」

 綾乃は今にも泣き出しそうな顔で奈津を見つめる。

 「でも……よかった。お姉様が生きていてくださって」

 奈津は愕然とした。首謀者が、何も知らないふりをしている。

 「……違う……!」

 声が、思ったより大きく出た。

 「私をあの森へ捨てたのは、あなたでしょう……!」

 綾乃の表情が、一瞬だけ強張る。

 「奈津!」

 正臣の怒声が飛んだ。
 奈津の肩がびくりと跳ねる。

 「紫鬼様の御前で、でたらめを言うな!」

 「でたらめじゃありません……!」

 奈津は必死に首を振った。

 「綾乃と宗一さんに連れていかれて……あの森に置き去りに——」

 「いい加減にしろ!」

 正臣の声に、奈津の喉が詰まる。

 「大丈夫よ、お姉様」

 綾乃が、優しく語りかけてきた。
 奈津が顔を向ける。
 綾乃は悲しげに眉を下げ、まるで奈津を心から案じているような顔をしていた。

 「きっと、錯乱してしまうほど怖い思いをされたのね」

 「……っ」

 「今は無理に思い出さなくてもいいのよ。ゆっくり休めば、きっと落ち着くわ」

 その声音は、どこまでも優しい。
 だからこそ――ぞっとした。