あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 西日が屋敷の門を赤く染める頃、九条家の前に一台の馬車が止まった。
 正臣と明美。そして綾乃は、揃って玄関先へ出ていた。

 綾乃は、とっておきの一張羅に身を包んでいた。
 堂目道家の当主が訪れると知るや、使用人たちを総動員して身支度を整えさせたのだ。
 髪はいつも以上に丹念に結い上げられ、先日買ったばかりの簪が華やかに飾られている。
 白い肌には薄く化粧を施し、唇には淡い紅。

 (紫鬼様にお会いすると分かっていたなら、もっと相応しいものを用意させたのに)

 今の装いさえ、急に物足りなく思えてくる。
 けれど、鏡に映った自分の姿に不満があるわけではない。

 (大丈夫)

 綾乃はそっと背筋を伸ばした。

 (これなら、きっと)

 馬車の扉が開く。
 最初に馬車を降りたのは、焦茶の長い髪を低い位置でひとつに束ねた、端正な顔立ちの男だった。

 続いて――白銀の髪が夕陽を受けて煌めいた。

 「……紫鬼様」

 綾乃の顔に、ぱっと笑みが広がる。
 町で見た時よりも、ずっと近い距離。

 深い紫の瞳。人ならざるほど整った顔立ち。
 ただそこに立っているだけで、辺りの空気まで張りつめるような存在感。
 やはり、何度見ても息を呑むほど美しい。
 綾乃の胸が高鳴った。

 (本当に、いらしてくださった)

 自分のために。
 そう思うだけで、頬が熱くなる。
 綾乃は一歩前へ出た。

 「ようこそお越しくださいました、紫鬼様。九条家の――」

 そこで、言葉が止まった。

 紫鬼の後ろから、もうひとり。
 小柄な人影が、馬車を降りてくる。

 黒い髪。見慣れた横顔。
 見間違えるはずがない。

 「…………え?」

 笑顔が、そのまま凍りついた。
 そこにいたのは――。

 「……お姉、様……?」

 結界の森へ捨てたはずの奈津だった。
 綾乃の顔から、さっと血の気が引く。

 (なんで)

 頭が理解を拒んだ。

 (なんで、お姉様が――)

 生きているの?