集まっていた鬼たちが、立て続けに広間を後にしていく。
その背中を見送りながら、奈津の胸にふとひとつの疑問が浮かんだ。
――今の自分は、いったいどういう扱いになっているのだろう。
この屋敷へ来てから、九条家が奈津を捜しているという話は一度も聞いていない。
家族が自分の行方を案じているかもしれないという期待も、とうに抱けなくなっていた。
綾乃が言っていた通りに事が進んでいるのなら、九条家ではもう、自分は死んだものとして扱われているのかもしれない。
そう考えると、胸の奥に小さな痛みが滲んだ。
けれど、それ以上に驚きはなかった。
「人間」
呼ばれて、はっと顔を上げる。
紫鬼がじっと奈津を見ていた。
「明日、九条家へ行く」
「え……?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「九条家に……?」
「お前が生きていることと、花嫁候補として堂目道家に置くことを伝える」
父や綾乃の顔が脳裏に浮かび、奈津の指先が冷たくなった。
「私も……行くんですか?」
「当然だ」
奈津の表情が強張る。
紫鬼はそれを見て、短く続けた。
「お前ひとりで戻すつもりはない」
「……え?」
「俺も行く」
奈津は目を見開いた。
◇
九条家へ向かう支度のため部屋へ戻ると、ほどなく鬼の女中が訪れた。
年は奈津よりいくらか上だろうか。
「こちらへお召し替えください」
広げられたのは、淡い藤色の着物だった。
銀糸で草花が刺繍された、奈津には見慣れないほど上等な品だ。
「……これを、私が?」
「紫鬼様より申しつかっております」
奈津は戸惑いながら着物を見つめた。
九条家では、綾乃には次々と新しい着物が与えられた一方、奈津が身につけるものは古びたものばかりだった。
まさかその家へ、こんな着物を着て戻ることになるとは思わなかった。
女中が奈津の背後へ回ろうとしたため、慌てて声をかける。
「自分でできますので……」
「お支度をお手伝いするよう申しつかっております」
女中の手際はよかった。着物を整え、帯を締め、髪を結っていく。
けれど、必要なこと以外は一言も話さない。
奈津が話しかけようと視線を向けても、女中は淡々と手を動かしているだけだった。
嫌がらせをされているわけではない。乱暴に扱われることもない。
ただ、紫鬼に命じられたから、奈津の世話をしている。
それ以上でも、それ以下でもないのだろう。
(……当然だよね)
堂目道家では、これまで人間の娘を花嫁に迎えたことがないという。
突然やってきた自分が、すぐに受け入れられるはずもない。
「終わりました」
「ありがとうございます」
女中が退出すると、奈津は鏡の中の自分を見つめた。
淡い藤色の着物に、整えられた黒髪。
こんなふうに身なりを整えてもらうことには、まだ慣れない。
奈津はそっと袖口に触れた。
(これを……紫鬼様が)
ほどなくして、出発の支度が整ったと声をかけられた。
玄関へ向かうと、すでに紫鬼と九重が待っている。
「行くぞ」
「……はい」
奈津は紫鬼のあとを追い、屋敷の前に停められた馬車へ乗り込んだ。
向かう先は――九条家。
つい二日前、自分を死んだものとして扱った家だった。
その背中を見送りながら、奈津の胸にふとひとつの疑問が浮かんだ。
――今の自分は、いったいどういう扱いになっているのだろう。
この屋敷へ来てから、九条家が奈津を捜しているという話は一度も聞いていない。
家族が自分の行方を案じているかもしれないという期待も、とうに抱けなくなっていた。
綾乃が言っていた通りに事が進んでいるのなら、九条家ではもう、自分は死んだものとして扱われているのかもしれない。
そう考えると、胸の奥に小さな痛みが滲んだ。
けれど、それ以上に驚きはなかった。
「人間」
呼ばれて、はっと顔を上げる。
紫鬼がじっと奈津を見ていた。
「明日、九条家へ行く」
「え……?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「九条家に……?」
「お前が生きていることと、花嫁候補として堂目道家に置くことを伝える」
父や綾乃の顔が脳裏に浮かび、奈津の指先が冷たくなった。
「私も……行くんですか?」
「当然だ」
奈津の表情が強張る。
紫鬼はそれを見て、短く続けた。
「お前ひとりで戻すつもりはない」
「……え?」
「俺も行く」
奈津は目を見開いた。
◇
九条家へ向かう支度のため部屋へ戻ると、ほどなく鬼の女中が訪れた。
年は奈津よりいくらか上だろうか。
「こちらへお召し替えください」
広げられたのは、淡い藤色の着物だった。
銀糸で草花が刺繍された、奈津には見慣れないほど上等な品だ。
「……これを、私が?」
「紫鬼様より申しつかっております」
奈津は戸惑いながら着物を見つめた。
九条家では、綾乃には次々と新しい着物が与えられた一方、奈津が身につけるものは古びたものばかりだった。
まさかその家へ、こんな着物を着て戻ることになるとは思わなかった。
女中が奈津の背後へ回ろうとしたため、慌てて声をかける。
「自分でできますので……」
「お支度をお手伝いするよう申しつかっております」
女中の手際はよかった。着物を整え、帯を締め、髪を結っていく。
けれど、必要なこと以外は一言も話さない。
奈津が話しかけようと視線を向けても、女中は淡々と手を動かしているだけだった。
嫌がらせをされているわけではない。乱暴に扱われることもない。
ただ、紫鬼に命じられたから、奈津の世話をしている。
それ以上でも、それ以下でもないのだろう。
(……当然だよね)
堂目道家では、これまで人間の娘を花嫁に迎えたことがないという。
突然やってきた自分が、すぐに受け入れられるはずもない。
「終わりました」
「ありがとうございます」
女中が退出すると、奈津は鏡の中の自分を見つめた。
淡い藤色の着物に、整えられた黒髪。
こんなふうに身なりを整えてもらうことには、まだ慣れない。
奈津はそっと袖口に触れた。
(これを……紫鬼様が)
ほどなくして、出発の支度が整ったと声をかけられた。
玄関へ向かうと、すでに紫鬼と九重が待っている。
「行くぞ」
「……はい」
奈津は紫鬼のあとを追い、屋敷の前に停められた馬車へ乗り込んだ。
向かう先は――九条家。
つい二日前、自分を死んだものとして扱った家だった。

