「紫鬼様が……私をここへ?」
「ええ」
「どうして……」
九重は目を細める。
「それは、ご本人からお聞きになった方がよろしいでしょう」
「……え?」
「紫鬼様がお待ちです」
奈津の指先に力が入った。
「昨夜のことについて、いくつかお聞きしたいことがあるそうです」
昨夜は意識する余裕もなかったが、改めて堂目道家当主のもとへ向かうと思うと、心臓が大きく脈打つ。
それでも、知りたかった。
あの光は、何だったのか。どうして自分に、あんなことができたのか。
奈津は小さく息を吸った。
「……分かりました」
「ぼくも行きます!」
すぐさまコマが立ち上がる。
「あなたは休んでいなさい」
「でも……!」
「この方がお目覚めになるまで、ここにいたいと随分と無理をしたでしょう」
コマの耳が、ぺたりと下がる。
「……う」
「今は安静に」
「……はい」
尾まで分かりやすく垂れ下がった。
思わず奈津の口元が緩む。
「……またあとでね」
下がっていた耳が、ぱっと持ち上がった。
「はい!」
ふさふさの尾まで嬉しそうに揺れる。
その姿を見ていると、奈津の胸にも、ほんの少し温かなものが灯った。
◇
九重に付き添われ、奈津は長い廊下を歩いていく。
磨き上げられた板張りの廊下の向こうには、朝露に濡れた庭が広がっていた。
昨夜の雨が嘘のように、木々の葉が陽の光を受けて瑞々しく輝いている。
石灯籠の傍では、庭師らしい男が伸びた枝を丁寧に剪定していた。
廊下では女中たちが盆や洗濯物を手に行き交い、少し離れた門の傍には、警護を務めているらしい者たちの姿もある。
一見すれば、人間の屋敷とそう変わらない。
けれど、すれ違った女中の額からは小さな角が覗いていた。
庭師にも、警護の者にも、形こそ違えど角が生えている。
ここにいるのは、皆――鬼なのだ。
「……あれが?」
「紫鬼様がお連れになったという人間か」
「なぜ、人間などを……」
抑えた囁き声が聞こえ、奈津はびくりと肩を強張らせた。
すれ違う者たちが、次々とこちらを振り返る。
好奇の目。警戒するような目。
中には、露骨に不快そうな表情を浮かべる者もいた。
奈津は居心地の悪さに、視線を伏せる。
堂目道家は、これまで人間の娘を花嫁として迎えたことがない。
強い浄化の力を持つ娘との縁を望む妖は多いが、この家だけは人間との婚姻を必要としてこなかったと聞いている。
そんな屋敷に突然、人間の奈津が連れてこられたのだ。
(……歓迎されていない)
それだけは、嫌でも分かった。
すると、少し前を歩いていた九重が足を緩める。
「お気になさらず」
「……え?」
「皆、人間がこの屋敷にいることに慣れていないだけです」
柔らかな口調だった。
「少なくとも、私がお連れしている間にあなたへ危害を加える者はいません」
「……はい」
奈津は小さく頷いた。安心したとは、とても言えない。
それでも九重の言葉に縋るように、奈津は顔を上げ、その後をついていった。
「ええ」
「どうして……」
九重は目を細める。
「それは、ご本人からお聞きになった方がよろしいでしょう」
「……え?」
「紫鬼様がお待ちです」
奈津の指先に力が入った。
「昨夜のことについて、いくつかお聞きしたいことがあるそうです」
昨夜は意識する余裕もなかったが、改めて堂目道家当主のもとへ向かうと思うと、心臓が大きく脈打つ。
それでも、知りたかった。
あの光は、何だったのか。どうして自分に、あんなことができたのか。
奈津は小さく息を吸った。
「……分かりました」
「ぼくも行きます!」
すぐさまコマが立ち上がる。
「あなたは休んでいなさい」
「でも……!」
「この方がお目覚めになるまで、ここにいたいと随分と無理をしたでしょう」
コマの耳が、ぺたりと下がる。
「……う」
「今は安静に」
「……はい」
尾まで分かりやすく垂れ下がった。
思わず奈津の口元が緩む。
「……またあとでね」
下がっていた耳が、ぱっと持ち上がった。
「はい!」
ふさふさの尾まで嬉しそうに揺れる。
その姿を見ていると、奈津の胸にも、ほんの少し温かなものが灯った。
◇
九重に付き添われ、奈津は長い廊下を歩いていく。
磨き上げられた板張りの廊下の向こうには、朝露に濡れた庭が広がっていた。
昨夜の雨が嘘のように、木々の葉が陽の光を受けて瑞々しく輝いている。
石灯籠の傍では、庭師らしい男が伸びた枝を丁寧に剪定していた。
廊下では女中たちが盆や洗濯物を手に行き交い、少し離れた門の傍には、警護を務めているらしい者たちの姿もある。
一見すれば、人間の屋敷とそう変わらない。
けれど、すれ違った女中の額からは小さな角が覗いていた。
庭師にも、警護の者にも、形こそ違えど角が生えている。
ここにいるのは、皆――鬼なのだ。
「……あれが?」
「紫鬼様がお連れになったという人間か」
「なぜ、人間などを……」
抑えた囁き声が聞こえ、奈津はびくりと肩を強張らせた。
すれ違う者たちが、次々とこちらを振り返る。
好奇の目。警戒するような目。
中には、露骨に不快そうな表情を浮かべる者もいた。
奈津は居心地の悪さに、視線を伏せる。
堂目道家は、これまで人間の娘を花嫁として迎えたことがない。
強い浄化の力を持つ娘との縁を望む妖は多いが、この家だけは人間との婚姻を必要としてこなかったと聞いている。
そんな屋敷に突然、人間の奈津が連れてこられたのだ。
(……歓迎されていない)
それだけは、嫌でも分かった。
すると、少し前を歩いていた九重が足を緩める。
「お気になさらず」
「……え?」
「皆、人間がこの屋敷にいることに慣れていないだけです」
柔らかな口調だった。
「少なくとも、私がお連れしている間にあなたへ危害を加える者はいません」
「……はい」
奈津は小さく頷いた。安心したとは、とても言えない。
それでも九重の言葉に縋るように、奈津は顔を上げ、その後をついていった。

