あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 「……コマ」

 紫鬼の声が、静かな森に落ちる。
 すぐさまその傍らへ膝をつき、もう一度名を呼んだ。

 「コマ」

 頬へ触れる指先が、僅かに震えていた。

 「……し、き……さま……」

 コマの唇が、微かに動く。

 「……!」

 紫鬼の深紫の瞳が揺れた。

 (……生きてる)

 奈津も傍らからその姿を見つめる。
 異形化していた身体は、完全に元へ戻っていた。

 「……よかった」

 安堵した途端、視界が大きく揺れた。
 腹の傷はずきずきと痛み、手足にはもうほとんど力が残っていない。頭の奥までぐらぐらと揺れているようで、立っていることさえ難しかった。
 何より、先ほどまで身体の内側を満たしていた光が、一気に失われてしまったような強い倦怠感に襲われる。

 「……っ」

 足から力が抜け、奈津の身体が傾いた。
 地面へ倒れ込む――そう思った瞬間、目の前に影が差す。
 次の瞬間、奈津の身体は逞しい腕にしっかりと支えられていた。

 奈津はぼんやりと紫鬼を見上げる。
 昼間は、自分とは決して縁のない存在だと思った人。

 夜を溶かしたように深い、紫。
 その瞳の中に、自分の顔が映っている。
 恐ろしい。
 なのに――なぜか、逃げたいとは思わなかった。

 その瞳には、驚愕と警戒。
 そして、理解できないものを目の当たりにしたような色が宿っていた。

 「……お前」

 紫鬼の腕に、僅かに力がこもる。

 「何者だ」

 その問いに答えることもできないまま。
 奈津の意識は、再び深い闇へと沈んでいった。