あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 一瞬、辺りはしんと静まり返る。
 けれど次の瞬間、茂みの陰から小さな影が飛び出してきた。

 「奈津様ぁ……!」

 「コマ!?」

 コマはすでに目を真っ赤にし、大粒の涙をぽろぽろと零していた。

 「よかったです……! 本当によかったですぅ……!」

 「コマ、泣いてるの?」

 「泣いてません! 嬉しいだけです!」

 どう見ても泣いている。
 奈津が思わず笑うと、その後ろから夜刀が気まずそうに姿を現した。

 「……だから、もう少し静かにしてろって言っただろ」

 「夜刀まで!?」

 「俺は別に覗きたかったわけじゃねぇからな」

 そう言いながら、夜刀はばつが悪そうにそっぽを向く。
 さらに九重も、いつもの糸目の笑みを浮かべながら姿を現した。

 「大変おめでとうございます、奈津様」

 「九重様まで……!」

 「皆、どうしても気になっていたようですので」

 九重の言葉を合図にしたように、今度は廊下や木々の陰から一人、また一人と鬼たちが姿を現した。

 「奈津様、おめでとうございます!」
 「紫鬼様、おめでとうございます!」
 「よかった、本当によかった!」

 気づけば、庭は大勢の鬼たちでいっぱいになっている。
 どうやら屋敷中の者たちが、二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていたらしい。
 奈津の顔が一気に熱くなる。

 「紫鬼様……もしかして、気づいていたんですか?」

 「ああ」

 「最初から?」

 「ああ」

 あまりにも平然と返され、奈津はますます恥ずかしくなる。

 「それなら、どうして何も言わなかったんですか?」

 紫鬼は集まった鬼たちを一瞥したあと、奈津へ視線を戻した。

 「お前の返事を聞く方が先だった」

 「……っ」

 奈津の頬がさらに熱くなる。
 周囲から楽しそうな笑い声が上がり、コマはまた感極まったように泣き始める。
 夜刀は相変わらずばつが悪そうな顔をし、九重はいつもの穏やかな笑みを崩さない。

 その後ろでは、屋敷の鬼たちが皆、心から嬉しそうに二人を見守っていた。
 奈津はその光景を見つめながら、胸の奥が温かなもので満たされていくのを感じた。

 自分の幸せを、こんなにも喜んでくれる人たちがいる。
 帰りたいと思える場所があり、これからも隣を歩いていきたいと思える人がいる。
 奈津はそっと紫鬼の手を握った。
 春風に舞い上がった桜の花びらが、二人を包むように降り注ぐ。

 出来損ないと呼ばれた少女と、穢れを背負い続けた鬼の王。

 二人は今、満開の桜の下で、同じ未来を選んだ。


 ー完ー