あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 この屋敷へ来たばかりの頃、紫鬼が与えてくれたのは《花嫁候補》という居場所だった。
 行くあてのない奈津をここへ置くための、いわば肩書にすぎなかった。

 けれど今、目の前の紫鬼は――奈津自身を、本当の花嫁として求めてくれている。

 出来損ないだと言われ続けた。誰にも必要とされないと思っていた。
 それでも、奈津を必要としてくれる場所があった。

 そして今、ただそばにいたいと思う――この鬼の隣に。

 「……っ」

 奈津の目に、じわりと涙が滲んだ。
 それでも今度は、悲しくて流す涙ではなかった。

 「紫鬼様……」

 奈津は、泣きそうになりながら笑った。
 私の返事は――。

 「……はい……っ」

 その言葉とともに、奈津の頬をひと粒の涙が静かに滑り落ちた。

 「私を、紫鬼様の花嫁にしてください」

 深紫の瞳に、静かな熱が宿った。
 次の瞬間、大きな手が奈津の頬を包む。

 「奈津」

 呼ばれた名前が、胸の奥へ温かく染み込んでいく。
 奈津もそっと、その手へ自分の手を重ねた。

 紫鬼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。
 息が触れそうなほどの距離に、奈津は思わず息を止めた。

 もしかして――。
 そう思った途端、頬が熱くなる。
 それでも逃げることなく、奈津はそっと瞼を閉じた。

 けれど、いつまで経ってもその時は訪れない。
 代わりに聞こえてきたのは、奈津へ向けたものではない、呆れを含んだ紫鬼の声だった。

 「……いつまで、こそこそ見ているつもりだ」

 「え……?」

 奈津がぱちりと目を開けた。