あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 「この子は、こんな姿になってしまったのよ。髪まで真っ白になって、自慢だった浄化の力も失って……きっと心まで壊れてしまったんだわ」

 明美は鉄格子を掴み、必死に訴える。

 「たった一人の妹でしょう? こんな綾乃を見て、かわいそうだとは思わないの!?」

 奈津はしばらく三人を見つめたあと、紫鬼へ顔を向けた。

 「紫鬼様。この人たちの死を、私は望みません」

 その瞬間、正臣と明美の強張っていた表情が一気に緩んだ。

 「そうだ! それでいい!」

 正臣が大きく頷き、安堵したように身を乗り出す。

 「なら、あとは私たちがここから出られるよう、堂目道家から一条家へ口添えを――」

 「いいえ」

 奈津は静かに遮った。

 正臣が、ぴたりと言葉を止める。

 「全員、きちんと罪を償ってください」

 「……何?」

 奈津は正臣を、明美を、そして隣の牢にいる綾乃を順に見た。

 「これから、自分たちがしたことと向き合ってください」

 「奈津!」

 正臣が鉄格子を掴み、激しく揺らす。

 「ふざけるな! お前は家族を見捨てるつもりか!」

 奈津は出口へ向かいかけた足を止めた。
 ゆっくりと振り返る。

 「家族……」

 その言葉はもう、奈津の心を縛ることはなかった。

 「私が、あなたたちの『家族』になれた日は、一度でもありましたか?」

 正臣も明美も、言葉を失った。
 奈津は静かに首を振る。

 「私はもう、九条家のために生きません」
 「出来損ないの娘として生きることも、もうありません」

 正臣の顔が歪む。

 「待て、奈津!」

 奈津は紫鬼の隣へ戻った。
 そして、かつて家族だった三人をまっすぐ見つめる。

 「——さようなら」

 「奈津!」

 正臣が鉄格子を激しく揺らした。

 「戻れ! 話はまだ終わっていないぞ!」

 「この恩知らず! 私たちをこんなところへ置いていくつもりなの!?」

 背後で明美の金切り声が響く。それでも奈津は、もう足を止めなかった。
 紫鬼と並び、牢の出口へ向かって歩いていく。
 その時、騒がしい声に混じって、綾乃の声がした。

 「……お姉様」

 これまで聞いたことのないほど、頼りなくか細い声だった。
 奈津の足が、ほんの一瞬だけ緩む。

 けれど、振り返らなかった。
 奈津はそのまま紫鬼とともに、暗い牢をあとにした。