あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 「これほど多くの命を危険に晒した以上、死罪に相当すると判断されても、異論はございません」

 奈津は思わず息を呑んだ。
 綾乃だけではない。父も、明美も――家族だった者たちすべてが、死罪に問われる可能性がある。
 許せないことをされた。それでも、その言葉を何の感情もなく聞き流すことはできなかった。

 室内に重い沈黙が落ちる。
 やがて蔵馬は再び、砕けた香玉へ視線を戻した。

 「それから、この呪具についても一条家で調べさせてください」

 「理由は」

 「九条家へこれを持ち込んだ者がいるのであれば、その者を突き止める必要があります」

 蔵馬の表情が僅かに曇った。

 「これほど危険なものが、ほかにも存在している可能性は否定できません。同じことを二度と起こさないためにも、流出元を明らかにすべきでしょう」

 「調査結果はすべてこちらにも報告しろ」

 「もちろんです」

 蔵馬は即座に頷いた。
 九条家を庇うこともなく、人間側の責任から逃れようとする様子もない。
 その一連の態度に、不審なところは何ひとつ見つからなかった。
 話が一段落した頃、蔵馬の視線が奈津へ向けられた。

 「それにしても……屋敷中へ広がった穢れを一度に浄め、異形化した方々まで元の姿へ戻されたのが、あなたなのですね」

 「……はい」

 奈津が答えると、紫鬼が続けた。

 「奈津は癒し子だ」

 その瞬間、蔵馬の目が僅かに見開かれた。

 「……癒し子」

 驚きながらも、その名を聞き返そうとはしなかった。
 それに気づいたのか、九重が静かに問う。

 「癒し子をご存じなのですか?」

 「ええ。とはいえ、私も古い記録で目にしたことがあるだけですが」

 蔵馬は少し考えるように目を伏せた。

 「遥か昔、穢れを根から浄め、異形化した妖さえ元の姿へ戻した人間の娘がいたと記されています。その者が癒し子と呼ばれていた、と」

 「人間側にも記録が……?」

 奈津が思わず尋ねる。

 「ほんの僅かに残っているだけです。祓い師の中でも、その名を知る者はごく限られているでしょう」

 蔵馬はそう答えると、改めて奈津を見た。
 その瞳には驚きと、どこか感嘆にも似た色が浮かんでいる。

 「まさか今の世に実在するとは、思ってもみませんでした」

 奈津は黙ったまま、蔵馬を見つめ返す。

 「あなたが、癒し子なのですね」

 蔵馬は穏やかに微笑んだ。

 「今回、あなたがいなければ、多くの命が失われていたことでしょう。人間側を代表して、心より感謝いたします」

 「私は……ただ、皆さんを助けたかっただけです」

 「だからこそ、救えたのでしょうね」

 それ以上、蔵馬が奈津の力について尋ねることはなかった。
 ほどなくして、彼は堂目道家をあとにした。

 供もつけずに一人で訪れ、九条家を庇うこともなく、人間側の責任を引き受け、危険な呪具についても自ら調査すると申し出た。
 少なくとも奈津には、一条蔵馬という男を疑う理由など何ひとつ見つからなかった。