あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 堂目道家を覆い尽くしていた黒い穢れが、一斉に揺らいだ。
 奈津から溢れた白い光に触れた端から穢れが薄れ、夜刀の異形へ変わりかけていた指先も、九重の歪んだ角も、次第に本来の姿へ戻っていく。

 「……これは……」

 九重が呆然と自らの手を見つめる。
 変化は二人だけではなかった。屋敷の奥まで届いた光は、異形化しかけていた鬼たちを次々と包み込み、身体を蝕んでいた穢れを春の雪解けのように消していった。
 綾乃を守ろうとしていた鬼たちの瞳にも正気が戻り、戸惑う声があちこちから漏れる。

 「俺は……何を……」
 「なぜ、あんな真似を……」

 紫鬼が引き受けていた穢れも白い光に浄められ、つい先ほどまで悲鳴に満ちていた屋敷に、嘘のような静けさが訪れた。
 狛犬の姿だったコマも、役目を終えたように淡い光へ包まれ、やがて見慣れた小さな姿へと戻っていく。
 その中で、綾乃だけが床にへたり込んだまま奈津を見つめている。

 「……嘘」

 自分一人ではどうすることもできなかった。
 宗一や何人もの祓い師から霊力を集め、それでも制御できなかった惨状を、奈津はたった一人で鎮めてしまった。

 「お姉様には……何の力もなかったはずなのに……」

 その声を聞き、紫鬼が奈津を見る。

 「これほどの力は、通常の浄化ではあり得ない」

 静かな声が、しんとした室内へ響いた。

 「根にまで入り込んだ穢れを祓い、異形化した者を元へ戻す。それだけでも、伝承に残る《癒し子》の力そのものだ」

 紫鬼は、未だ淡い光に包まれる屋敷を見渡した。

 「だが、一度にこれほど多くの穢れを祓い、異形化した者すべてを元へ戻す力など、伝承にすらない」

 深紫の瞳が、奈津へ戻る。

 「奈津。お前は、伝承の《癒し子》すら凌ぐ力を持っている」

 「癒し子……」

 綾乃が掠れた声で繰り返した。
 幼い頃から、特別な浄化の力を持つ天才としてもてはやされてきた。それこそが、出来損ないの姉とは違う、綾乃が選ばれた娘である証だった。
 なのに、その誇りすら奈津の前では霞んでしまう。

 「そんなの……認めない……」

 綾乃が首を振った、その時だった。

 「……っ!」

 突然、胸の奥から何かを引き抜かれるような感覚に襲われ、身体から急激に力が抜けていく。

 「な、何……? いや……何なのよ、これ……!」

 震える手で髪に触れた綾乃が、息を呑んだ。
 亜麻色だった髪が根元からみるみる白く染まり、頬は痩せ落ち、肌には深い皺が刻まれていく。

 「いやあああっ!」

 悲鳴とともに、綾乃の身体から黒い穢れが噴き出した。
 先ほど屋敷中へ広がったものとは違い、綾乃だけを焼き尽くそうとするようにまとわりついていく。