あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 「紫鬼様……!」

 次の鬼へ向かおうとした奈津は、そこでようやく気づいた。
 紫鬼は苦しむ鬼のそばへ近づくたび、その身体から黒い穢れを自らへ引き寄せている。

 また、皆を異形化させまいと、その穢れを自分の中へ取り込んでいるのだ。

 「やめてください! これ以上は……!」

 「今はこいつらが先だ」

 短く答えるだけで、紫鬼は止めない。
 腕にも、首筋にも黒い穢れが浮かび始めている。
 それでも異形化した鬼たちを押さえ、奈津が浄化できるよう道を作り続けていた。

 コマもまた、その傍らで必死に鬼たちを食い止めている。
 けれど、どれだけ二人が時間を稼いでくれても、奈津一人の浄化では追いつかなかった。 

 一人を救っている間に、また一人。
 さらにその向こうでも、新たな悲鳴が上がる。

 奈津は必死に手を伸ばした。
 一人でも多く。一人でも早く。

 「ぁあああっ!」

 綾乃の絶叫が響き、奈津は振り返った。
 畳の上の香玉が、不気味な光を放っている。

 「な、何……!?」

 綾乃が胸元を押さえ、その場に崩れ落ちた。
 同時に、倒れていた祓い師たちも次々と苦しみ始める。

 「うっ……!」

 「やめ……ろ……!」

 残された霊力が、香玉へ向かって強引に吸い上げられていく。
 その中でも、宗一は明らかに他の祓い師たちより深く力を奪われていた。

 「ぐっ……ぁ……!」

 拘束された身体が大きく震え、顔からみるみる血の気が失われていく。
 以前に祓い師の中でも特に多くの霊力を流していたためか、香玉は宗一からことさら貪欲に力を奪っていた。

 「やめ……ろ……もう……」

 掠れた声さえ、次第に弱くなっていく。

 「止めて……! もう力なんて残ってないのに……!」

 綾乃が叫んでも、香玉は止まらなかった。
 一度繋がった者たちから、残された霊力を最後の一滴まで貪るように吸い上げ、深紅の玉は眩い光を放ち始めた。

 「離れろ!」

 紫鬼の声が響くのとほぼ同時に、香玉の表面へ大きな亀裂が走った。
 乾いた音を立ててひびが一気に広がり、深紅の玉が砕け散る。
 すると、吸い上げた霊力すべてを禍々しいものへ変えたかのように、夥しい穢れが香玉から噴き出した。

 「……っ!」

 どす黒い奔流が室内を呑み込み、そのまま廊下の奥へと駆け抜けていく。

 『奈津様!』

 コマが咄嗟に奈津の前へ躍り出た。
 大きな身体で覆い隠すように立ちはだかったのとほぼ同時に、紫鬼も妖気を広げ、奈津や倒れた祓い師たちを包むように防壁を張る。

 けれど、あまりにも膨大だった。
 紫鬼の妖気をすり抜けた穢れは、瞬く間に屋敷中へと広がっていった。

 「紫鬼様!」

 紫鬼の身体が、ふらりと僅かに揺らいだ。
 すでに多くの鬼たちの穢れを引き受けているうえ、屋敷中を覆うほどの穢れに晒されながら、なお妖力で皆を守り続けている。
 どれほど強大な紫鬼であっても、限界が近づいていることは奈津にも分かった。