あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 綾乃の顔から血の気が引いたのとほぼ同時に、懐の中で香玉がひときわ大きく脈打った。

 「……っ!」

 驚いて身を引いた拍子に、深紅の玉が懐からこぼれ落ちる。

 畳へ転がった香玉を見た瞬間、紫鬼が動いた。
 額からは角が伸び、繰り出された鋭い妖気が一直線に香玉へ襲いかかる。
 しかし、触れる寸前で弾け飛んだ。

 「……!」

 まるで見えない壁に阻まれたように、紫鬼の力が届かない。
 その顔色が、初めて変わった。
 次の瞬間、香玉からどす黒い穢れが噴き出した。

 「きゃあっ!」

 綾乃が悲鳴を上げる。
 濁流のように溢れ出した穢れは瞬く間に部屋を満たし、廊下へまで流れ出していった。
 それに呑まれた鬼の一人が、苦しげな声を上げる。

 「ぐ……あぁ……っ!」

 肌を覆う黒い穢れが急激に濃くなり、その身体が不自然に軋んだ。

 「まさか……異形化……?」

 奈津が息を呑む間にも、別の場所から悲鳴が上がった。
 一人、また一人と穢れに耐えきれなくなった鬼たちの姿が変わり始めている。

 「祓い師を……!」

 呆然としていた綾乃が、はっとしたように声を上げた。

 「祓い師を呼んでください! 早く!」

 その声に応えるように、廊下の向こうから足音が近づいてきた。
 人間側の異変を察知したらしい祓い師たちだったが、その姿を目にした綾乃の表情が凍りつく。
 誰もが顔色を失い、まともに立っていることすらできていなかった。

 「な……何をしているの? 早く浄化を――」

 先頭の祓い師が何かを答えようとしたものの、その場に膝をついた。

 「霊力が……ほとんど、残って……」

 続いて、ほかの者たちも次々と倒れ込んでいく。
 その最後尾には、両腕を拘束されたままの宗一もいた。
 見張りについていた鬼に連れられてきたらしいが、その宗一もまた青ざめ、苦しげに息をしている。

 「綾乃……お前、何を……」

 「私は……こんなことになるなんて……!」

 綾乃が震えながら首を振る。

 けれど奈津には、二人のやり取りを聞いている余裕などなかった。

 「夜刀! 九重様!」

 二人のもとへ駆け寄る。
 夜刀の首筋には穢れが広がり、九重も片膝をついて苦しげに息をしていた。
 それでも、まだ二人の瞳には理性が残っている。

 「今、浄化します」

 奈津が手を伸ばそうとすると、夜刀がその腕を止めた。

 「俺たちは……まだいい」

 「でも……!」

 「先に、もう保たねぇ奴らを頼む」

 荒い呼吸の合間にも、夜刀は異形化を始めた鬼たちへ視線を向けた。
 九重も苦しげに息を整えながら頷く。

 「癒し子様……どうか、皆を」

 奈津は唇を噛み、立ち上がった。

 「分かりました。絶対に戻ってきますから」