あやかしの癒し子 ~餌として捨てられた私は、鬼の王の唯一となる~

 あまりにも唐突な言葉に、奈津は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 「……何を、言って……」

 「あの時は悪かったよ。僕のせいで、子を授かりにくくしてしまった」

 宗一は奈津を押さえつけたまま、片手をその腹へ滑らせる。

 「だから、僕が責任を取ってやる」

 ぞっと凍り付く奈津にも構わず、宗一はまるで名案でも思いついたかのように続けた。

 「何度でも可愛がってやれば、できるかもしれない」

 「やめて……」

 「子どもさえできれば、お前だって僕と夫婦になるしかないだろ?」

 奈津は必死に身体を捩り、宗一を押し返そうとする。

 「嫌……!」

 「大丈夫だ。今度こそ大事にしてやるから」

 奈津は声を張り上げた。

 「私は、あなたの妻にはなりません!」

 宗一の顔が歪む。

 「あの鬼ならいいのか!?」

 宗一の声が荒くなり、奈津を押さえつける力が強まった。

 「――その手を離せ」

 低い声が響いた瞬間、部屋の空気が凍りついた。
 宗一の動きが止まる。
 開いた襖の向こうに立っていたのは、紫鬼だった。その後ろには、息を切らしたコマもいる。

 「紫鬼様……」

 奈津がその名を呼ぶ。
 深紫の瞳が、奈津を押さえつけている宗一の手へ向いた。その瞬間、室内を満たす妖気が一気に膨れ上がる。
 宗一の顔から血の気が引いた。
 紫鬼は無言で部屋へ踏み込むと、奈津を押さえつけていた宗一の腕を掴んだ。

 「ぐっ……!」

 そのまま有無を言わせず引き剥がし、宗一の身体を畳へ投げ捨てる。
 強かに背を打ちつけた宗一を、紫鬼は冷ややかに見下ろした。

 「奈津に触れるな」

 底冷えするような声が落ちた。
 深紫の瞳には、隠しきれない怒りが滲んでいる。
 宗一はその視線に射すくめられたように、青ざめたまま動けなかった。

 「次はない」

 その一言を残し、紫鬼は廊下へ視線を向けた。騒ぎを聞きつけた鬼たちが、すでに数人集まっている。

 「こいつを拘束しろ」

 「は、はい」

 鬼たちに連れていかれる宗一を見送る余裕もなく、奈津は畳の上へ座り込んでいた。

 「奈津」

 紫鬼に呼ばれ、顔を上げる。

 「怪我は」

 「ありません……」

 そう答えたものの、声は僅かに震えていた。
 紫鬼はしばらく奈津を見つめると、手を差し出した。
 奈津はその手を取り、立ち上がろうとするが、足に力が入らなかった。

 「……っ」

 身体が傾いた瞬間、紫鬼の腕が支える。

 「すみません……」

 「謝るな」

 低く告げると、紫鬼はそのまま奈津の身体へ腕を回した。
 次の瞬間、ふわりと身体が浮く。

 「え……紫鬼様?」

 奈津は驚いて、咄嗟に紫鬼の着物を掴んだ。

 「このままでは歩けないだろう」

 「でも、自分で……」

 「無理をするな」

 言い切られ、それ以上何も言えなくなる。
 紫鬼の腕の中に包まれた途端、先ほどまで震えていた身体から、力が抜けていった。

 「コマ、ついてこい」

 「はい!」

 紫鬼は奈津を抱いたまま、部屋を出た。
 その後ろを、コマが慌ててついていった。