その頃、人間側にあてがわれた客室では、綾乃が数人の祓い師を前に座っていた。その中には、宗一の姿もある。
「皆様に、少しお願いがございますの」
綾乃が柔らかく微笑むと、祓い師たちが不思議そうに視線を向けた。
卓上には、深紅の香玉が置かれている。
「昨日、私が紫鬼様の穢れを浄化できなかったことは、皆様もご存じでしょう?」
その言葉に、部屋の中へ気まずい空気が流れた。
「ですが、あれほど深い穢れですもの。昨日は、私一人の霊力では十分な浄化の力を引き出せなかったのだと思います」
浄化の力を使うにも霊力は必要になる。
綾乃は、自分の力が奈津に劣っているのではなく、昨日はただ、紫鬼の穢れを浄化するだけの霊力が足りなかったのだと考えていた。
「異形化が相次いでいる今、今後さらに強い穢れを浄化しなければならない場面もあるでしょう。その時のためにも、試しておきたいのです」
「しかし、堂目道家には綾乃殿の姉……奈津殿がいるだろう」
一人の祓い師がそう口にすると、綾乃の指先が僅かに強張った。
けれど、顔には変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
「ええ。お姉様は、たまたま紫鬼様の穢れと相性がよかったのでしょう」
「相性?」
「浄化にも、穢れとの相性はございますもの。偶然、お姉様の力の方が紫鬼様には馴染みやすかったのかもしれません」
もっともらしく言い切ると、祓い師たちの何人かが納得したように頷いた。
宗一だけは黙ったまま、綾乃を見ている。
「それで、僕たちに何をしろと?」
「少しだけ、お力を貸していただきたいのです」
綾乃は卓上の香玉へ手を伸ばした。
「これは、複数人の霊力をひとつに束ね、術者の力を一時的に底上げすることのできる祓具です」
「そんなものがあるのか?」
「私もつい最近、譲り受けましたの」
本当は、妖の心を歪めるための呪具だ。
だが、そんなことを話すつもりはない。
「霊力は本来、他人へ渡せるものではありません。ですが、この祓具を介せば、皆様の霊力を私の力へ重ねることができるそうです」
祓い師たちが顔を見合わせた。
「それが本当なら、かなり珍しい祓具だな」
「ええ。ですからこそ、今のうちに試しておきたいの」
綾乃はにこりと笑う。
「今後、もっと深い穢れを持つ妖と遭遇する可能性もございますでしょう? もし複数人の霊力を束ねられるのであれば、人間側にとっても役に立つはずです」
その説明に、一人がゆっくりと頷いた。
「確かに……試してみる価値はあるかもしれないな」
「ありがとうございます」
綾乃が嬉しそうに微笑む。
一人、また一人と同意していく中、宗一だけは香玉を見つめたまま動かなかった。
「僕まで必要なのか?」
「もちろんですわ」
「僕は、お前があの鬼に認められるためにここへ来たわけじゃない」
その言葉を聞いた綾乃は、宗一をじっと見つめた。
やがて、その口元に意味ありげな笑みが浮かぶ。
「分かっていますわ。宗一様は、お姉様を連れ戻しに来たのでしょう?」
「……相変わらず、よく人を見ているな」
「私が紫鬼様に認められれば、お姉様がここにいる理由もなくなるわ」
宗一の表情がわずかに揺れたのを、綾乃は見逃さなかった。
「お姉様が紫鬼様のそばにいられるのは、自分にしかできない浄化があると思っているからでしょう?」
黙り込んだ宗一に、畳みかけるように続ける。
「なら、私にも同じことができると分かればいいのです」
「お姉様でなくても紫鬼様を浄化できる。そう分かれば、わざわざこの屋敷に留まる理由もなくなるでしょう?」
宗一はもう一度だけ香玉を見たあと、綾乃へ視線を戻した。
「……どうすればいい」
綾乃の笑みが深まった。
「これに触れて、霊力を流してくださいませ」
綾乃に促され、祓い師たちは順に香玉へ霊力を流し込んでいった。
香玉は霊力を取り込むたび、徐々に強い光を帯びていく。
最後に宗一が手を触れる。
「宗一様。もう少しだけ、お力を貸していただけません?」
綾乃に請われ、宗一は眉を寄せながらも、さらに霊力を流し込んだ。
他の祓い師たちより長く力を注いだせいか、深紅の玉はひときわ強く明滅する。
やがて宗一が手を離した、その瞬間。
香玉が、どくん、と心臓のように大きく脈打った。
「……今、動かなかったか?」
「力が馴染んだのでしょう」
そう言って香玉へ触れた瞬間、綾乃はあることに気づく。
先ほど霊力を注いだ者たちとの繋がりが、まだ残っている。
(これなら、また力を引き出せる……)
――一度通した霊力は、香玉が覚えますから。
あの男の言葉が蘇った。
さらに力を増せば、持ち主への好意はほかの感情にまで影響を及ぼす――それも、男から聞いていたことだった。
自分一人の霊力では足りなかったが、これだけの力を重ねれば話は別だ。
(これで、今度こそ――)
紫鬼にも、自分を見てもらえるはずだ。
「皆様に、少しお願いがございますの」
綾乃が柔らかく微笑むと、祓い師たちが不思議そうに視線を向けた。
卓上には、深紅の香玉が置かれている。
「昨日、私が紫鬼様の穢れを浄化できなかったことは、皆様もご存じでしょう?」
その言葉に、部屋の中へ気まずい空気が流れた。
「ですが、あれほど深い穢れですもの。昨日は、私一人の霊力では十分な浄化の力を引き出せなかったのだと思います」
浄化の力を使うにも霊力は必要になる。
綾乃は、自分の力が奈津に劣っているのではなく、昨日はただ、紫鬼の穢れを浄化するだけの霊力が足りなかったのだと考えていた。
「異形化が相次いでいる今、今後さらに強い穢れを浄化しなければならない場面もあるでしょう。その時のためにも、試しておきたいのです」
「しかし、堂目道家には綾乃殿の姉……奈津殿がいるだろう」
一人の祓い師がそう口にすると、綾乃の指先が僅かに強張った。
けれど、顔には変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
「ええ。お姉様は、たまたま紫鬼様の穢れと相性がよかったのでしょう」
「相性?」
「浄化にも、穢れとの相性はございますもの。偶然、お姉様の力の方が紫鬼様には馴染みやすかったのかもしれません」
もっともらしく言い切ると、祓い師たちの何人かが納得したように頷いた。
宗一だけは黙ったまま、綾乃を見ている。
「それで、僕たちに何をしろと?」
「少しだけ、お力を貸していただきたいのです」
綾乃は卓上の香玉へ手を伸ばした。
「これは、複数人の霊力をひとつに束ね、術者の力を一時的に底上げすることのできる祓具です」
「そんなものがあるのか?」
「私もつい最近、譲り受けましたの」
本当は、妖の心を歪めるための呪具だ。
だが、そんなことを話すつもりはない。
「霊力は本来、他人へ渡せるものではありません。ですが、この祓具を介せば、皆様の霊力を私の力へ重ねることができるそうです」
祓い師たちが顔を見合わせた。
「それが本当なら、かなり珍しい祓具だな」
「ええ。ですからこそ、今のうちに試しておきたいの」
綾乃はにこりと笑う。
「今後、もっと深い穢れを持つ妖と遭遇する可能性もございますでしょう? もし複数人の霊力を束ねられるのであれば、人間側にとっても役に立つはずです」
その説明に、一人がゆっくりと頷いた。
「確かに……試してみる価値はあるかもしれないな」
「ありがとうございます」
綾乃が嬉しそうに微笑む。
一人、また一人と同意していく中、宗一だけは香玉を見つめたまま動かなかった。
「僕まで必要なのか?」
「もちろんですわ」
「僕は、お前があの鬼に認められるためにここへ来たわけじゃない」
その言葉を聞いた綾乃は、宗一をじっと見つめた。
やがて、その口元に意味ありげな笑みが浮かぶ。
「分かっていますわ。宗一様は、お姉様を連れ戻しに来たのでしょう?」
「……相変わらず、よく人を見ているな」
「私が紫鬼様に認められれば、お姉様がここにいる理由もなくなるわ」
宗一の表情がわずかに揺れたのを、綾乃は見逃さなかった。
「お姉様が紫鬼様のそばにいられるのは、自分にしかできない浄化があると思っているからでしょう?」
黙り込んだ宗一に、畳みかけるように続ける。
「なら、私にも同じことができると分かればいいのです」
「お姉様でなくても紫鬼様を浄化できる。そう分かれば、わざわざこの屋敷に留まる理由もなくなるでしょう?」
宗一はもう一度だけ香玉を見たあと、綾乃へ視線を戻した。
「……どうすればいい」
綾乃の笑みが深まった。
「これに触れて、霊力を流してくださいませ」
綾乃に促され、祓い師たちは順に香玉へ霊力を流し込んでいった。
香玉は霊力を取り込むたび、徐々に強い光を帯びていく。
最後に宗一が手を触れる。
「宗一様。もう少しだけ、お力を貸していただけません?」
綾乃に請われ、宗一は眉を寄せながらも、さらに霊力を流し込んだ。
他の祓い師たちより長く力を注いだせいか、深紅の玉はひときわ強く明滅する。
やがて宗一が手を離した、その瞬間。
香玉が、どくん、と心臓のように大きく脈打った。
「……今、動かなかったか?」
「力が馴染んだのでしょう」
そう言って香玉へ触れた瞬間、綾乃はあることに気づく。
先ほど霊力を注いだ者たちとの繋がりが、まだ残っている。
(これなら、また力を引き出せる……)
――一度通した霊力は、香玉が覚えますから。
あの男の言葉が蘇った。
さらに力を増せば、持ち主への好意はほかの感情にまで影響を及ぼす――それも、男から聞いていたことだった。
自分一人の霊力では足りなかったが、これだけの力を重ねれば話は別だ。
(これで、今度こそ――)
紫鬼にも、自分を見てもらえるはずだ。

