僕らの好きな人を、振り向かせる方法。

「いただきます。あ、間違えましたいらっしゃいませ…でしたね?」

本日文化祭、学校外からも参加OKの文化祭は朝からそれなりに盛り上がっていた。
うちのクラスはお化け屋敷、俺の係はというと…

「ここは絶叫レストラン、みなさまにおいしく召し上がっていただくために生きの良い食材をご用意しております。まずはみなさまの体を清めるところから、おいしくいただくにはそれなりの準備が必要でございます」

なぜかナレーションをしていた。
一度なくなったはずのナレーションを、なぜか担当することになって。

「おいしい食事を楽しみに…あ、お楽しみに」
「キャーっ!」
「すみません、少し調理場が荒れているようで。…それでは心の準備を、お忘れなく。ふ、ふふっ、ふっふっふっ…」

マジでなんで?AIに任すんじゃなかったのかよ、なんで俺が…

「俺が言った!上野に!」

次の客たちが入る前のちょっとの時間、何気なく悟に聞いてみたらある意味想像通りの答えが返って来た。
お前かよ、お前が言ったのかよ。

「紡張り切ってたからさ~、やっぱやりてぇーんじゃねぇかと思って!」
「……。」

もうどうでもよかったんだけど、客の呼び込み係でよかったのに結局こんなことになって。

「てゆーかのあの叫び声なんだよ、ナレーションの途中の“キャーっ”て悟だろ!」
「あらやだ~♡わかったかしら~??」
「マダム連れてくんなっ」
「臨場感よ~、臨場感♡上野も恐怖感増したって言ってたし!」
「…。」

AIに任せるつもりだったからもう台本もなくて、だけど台本がなくてもスラスラと言えてしまうぐらい癖づいてた。お客さんの反応に合わせてイントネーションやタイミングを変えたり応用出来るぐらいには。
そんな自分がすごく嫌だった。

「俺の合いの手あった方がいいだろ?」
「カラオケかよ」
「亜鉛の呼吸だったな、16年の絆感じたわ」
「阿吽な、元素記号は Znじゃねーんだよ」

ふふんっとご機嫌な悟はいつもと変わらなくて、本当に今日告白するんだよな?今日告(い)うつもりなんだよな、俺の方がドキドキしてんだけど。

「じゃ、脅かしに行ってくるわ!」

さらにるんるんで奥へ入っていった。
この暗闇の中、合いの手入れるために行ったり来たり悟は誰より忙しそうにしてた。
…どう考えてんのかな、タイミングとかもう決めてんのかな?俺にどうすることも出来ねぇけど。

「……。」

てゆーか今お化け屋敷(ここ)ってどれぐらい人来てんだ?中にいると外の状況全然わかんねぇんだよな~ 
説明目的のナレーションは1番ドアに近いとこでスタンバってる、しかも暗幕に隠れて誰からも見えない。
だからちょっとだけのぞいてみようかなってドアを少しだけ開けた、暗幕からチラッと外を見るために。

「!」

え、こんな並んでんのかよ!?めちゃくちゃ行列出来てんじゃん…!
文化祭のお化け屋敷ってこんな人気あったのか、へぇー…
所詮文化祭って思ってたんだけど、ずーっと廊下の向こうまで列が続いてる。悟や上野が本格的にって言ってたのなこうゆことだったのか…

「紡くん」
「わっ!」

慌ててドアを閉めた、お化け屋敷入ってねぇのに入ったぐらい声出しちゃったじゃねーか何してくれんだ。

「あ、ごめん!脅かすつもりはなかったんだけど…」
「いや、いいよ…俺がただ驚いただけだから」

屋中の声に、名前を呼ばれてドキッとしちゃっただけ。
すぐ思い出してしまうから、あの日のことを。

「えっと…、何?」
「あ、あの…ちょっとやり過ぎてここ破れちゃって」

真っ黒のマントに身を包んだ屋中が破れたとこを指差した。思いっきり裂けてびろーんと布が下がって、これは派手にいったなと思った。

「ガムテープってなかった?黒のやつ」
「あ、ここに…」

そんな時のための補強用ガムテープが用意してある。
足元に置いてあったガムテープを手に取って屋中に渡そうと、思って一瞬怯んでしまった。
きっと暗くて気付かれてない、ピクッと止まてしまった手に。

「紡くん、ナレーションすっごい上手いね」

暗くてほとんど顔が見えない、光が少しも入らないようにそこら中暗幕が張られ隅々まで黒のガムテープで塞がれてるから。
だからどんな顔してるのは見えなかったけど、ドキドキしてた。だけどこのドキドキを消し去りたくてどんっと屋中の手の上にガムテープを置いた。

「そう?じゃあよかった」
「がんばってたもんね紡くん、前に行ったお化け屋敷ぐらい上手いよ!ううん、越してるかも!」
「…屋中早くしないと次の客来るから」
「あ、そうだよねごめんっ」

こんなとこ長い時間一緒にいられない、どんどん大きくなるドキドキに耐えられなくなる。でもドキドキするたび苦しくなるから、息が苦しくて胸が痛い。
だから早くここから離れてくれ。

「ありがとう、じゃあ僕戻るね」

サッと真っ黒なフードを被ってスチャッとお面を被った。よく見るムンクの叫びみたいなあれを。
この至近距離は怖いな、その暗闇で光るお面だけが見えてて怖い。

「…はぁ」

全然落ち着かねぇ、屋中と喋っても悟と喋っても疲れてしょうがない。
ある意味この暗闇が落ち着くかもしれねぇ。


****


「奥江くんお疲れ様!」

朝からぶっ通しでひたすらナレーションをし続けて気付けば昼も過ぎた頃、教室の真ん中辺りを担当していた山下さんが真っ白な着物姿で出て来た。
確かこれは雪女のイメージ…だったっけ?

「そろそろ1回休憩しようかと思うんだ」

普通は前半後半で係を割り振る模擬店だけど、お化け屋敷なんて大掛かりの企画は常に人員が必要で特にお化け役はずっとフル出動だった。

「奥江くんも喋りっぱで大変だったよね?」
「あー…うん、まぁ」
「でも奥江くんの声超よかった!やっぱ奥江くんにやってもらってよかったかも!」
「そう、ならよかった」

一応、合格ライン越したっぽい。
やっぱりAIのがよかったって言われるよりはマシで。あんまり言われるとそれはそれでやり過ぎたかと思って心配になるけど。

「一度お化け屋敷閉めて、みんな自由時間にしようと思うから奥江くんも休憩してくれていいから」
「うん」
「また30分後に午後の部始めるからそれまでに戻って来てね!」
「わかった」

ここから自由時間か、もしかして今日はないのかもとか思ってたから何も考えてねぇな。その方が都合いいとか思ってたし。
ドアを開けて教室から出た、一気に光が入り込んできて眩しい。ずっと暗闇の中にいたから特にそう感じて目を細めながら外に出た。

「奥江どっか行くとこある?」

廊下に出たら集まってるクラスメイトたちに話しかけられた。
たぶんみんな同じようなこと考えてたんだろうな、今日暇な時間ないって。

「んー、特にはないけど」
「3年がやってる謎解きがおもしれーんだって奥江も行かん?」
「ん、じゃあ…」

っと、その輪に合流しようと思った。
だけど後ろからした声にドキンッと胸が騒いだ。

「なぁ悟見なかった?」

平静を装ってた心臓が動揺し始める。
たぶんこの瞬間だ、ここがタイミングだ。

「悟?見てねーよ」
「え、さっきまでいたよね?」
「いたっけ?全然わかんねーわ」

口々にみんなが口を開いて目を合わせるも誰も答えは持ってない、たぶん知ってるのは俺だけだ。

「奥江は悟知らない?」
「…知らない、けど」

上野にじーっと見られてゆっくりうんと頷いた。
知らない、知ってるけど知らない。
“俺、文化祭で告白しようと思ってんの!”
きっと悟は告白に向かったんだ。

ドクンッ、と鈍痛が響くみたいだった。
周りの音が聞こえなくなる、自分の心臓の音でいっぱいいっぱいになった。
きっとそうだ、間違いなくそうだ。
悟は告白に…誰にするんだ?
結局誰かは教えてくれなくてわからないままだ。
悟の相手なんて見当もつかないし、ただ俺の知ってる奴だってことぐらいで…

「……。」

全然わからん、けど。
…屋中は?今、屋中はどうして…っ
ハッとして辺りを見回した。

まだほとんどの奴がここにいると思う、だから屋中もどこかにー…

「…っ」

いなかった、どこにも。
どれだけ探しても見つけられなかった。

じゃあ屋中は今ー…?

「奥江行くぞ~!」
「あ、うん…っ」

じりじりと込み上げてくる何かが喉につっかえるみたいで上手く返事が出来なかった。みんなが歩き出す後ろを、ただついていくだけでよかったのに足が踏み出せなくて。

「…ごめん!やっぱ用事あった!」

咄嗟に断ってしまった。
そのまま走り出して廊下を一直線に抜けていく、どこへ行くかなんて本当は決まってないのに居ても立っても居られなくなって逃げ出したかった。

もし、もし悟の告白の相手が屋中だったら?
絶対ないなんてことは言い切れない、全然あることだよ。
だって悟は言っていた、俺に向かって…
“でも紡の知ってる奴だから!”
それはそうゆうことじゃないのか?俺がよく屋中といたから…

「…はぁっ、はぁ」

どこに行っても騒がしい文化祭は1人になるのも難しい、でも1人になったらもっと凹むか。せめてうるさい中にいる方がマシなのかな、何にも入って来ねぇけど。
廊下を抜けて階段を下りて、さらに走って、どこへ来たのかもわからない。
いつもと違う学校の風景は目が眩む。

「……。」

ずっと見てるだけでよかった。
ただ気になるだけで、なんとなく見てただけだった。
遠くから追ってるだけでよかったんだよ。
だから俺の気持ちなんてどうでもよくて、どうしたいなんて考えてなかった。

屋中の気持ちに気付いてたから。

だから屋中の想いが叶えばそれでいいって、屋中の気持ちが届いたらいいのにって…思ってたはずなのに。

どうしてか、苦しくて。
ずしんと心臓に重くのしかかる。
頭では幸せになってほしいって思ってるのに、心では嫌だって思ってるんだ。
心が拒否してる、そう考えることに。

「…っ」

目の奥が熱くなるのを感じた。
どうしよう、このままじゃ本当に何も見えなくなる。
ここは学校だぞ、文化祭の最中だぞ。

何してんだよ、俺ー…っ

「紡!」

ざわざわと騒がしい人をかき分けて走って来る、おーいと手を振って俺めがけて…

「悟…?」

え、告白しに行ったんじゃねぇの?てゆーか屋中は?
どこにもいないんだけど、一緒にいるんじゃ…

「俺、紡のこと探してたんだけど!」
「俺を?」

きょとっと目を丸くしてしまった、相変わらずな大声で近寄って来るから。
え、なんで?なんで俺を…
“でも紡の知ってる奴だから!”
え?
…ないない!そのパターンはさすがにねぇよ!!
ないけど、急に胸がドキドキして来た。バクバクバクーッと心拍数が上がって、心臓がやばい。
な、なんだこの緊張感は…
かしこまる悟に俺が焦ってるんだが、なんでそんなもじもじしてんだよ!普通にしろよ、ちょっと目が見れないみたいなそれなんだ!?

「あのさ、俺…!」

やばい、このままだとまずい…!
すぅっと大きく息を吸った悟に目を見開いた。

「ちょっと待て悟っ」

しかも賑わってるどこぞの廊下だぞ!こんなとこでお前…っ

「瑠奈(るな)と付き合うことになった!」

だから待てって言って…!!

「……え?」

大きく開いた目そのままに、パチッと瞬きをした。つい手まで伸ばしてたんだけど、最悪口塞ごうかと思ってたから。
てゆーかなんだって?瑠奈って言ったか?
瑠奈って誰だっけ、確か…

「山下さん!!?」

副室長は山下瑠奈(やましたるな)さん、だった確か。名前で呼んだことなんかないから一瞬誰かわかんなかった。
マジで焦ったし、何言われんのかと思ってすげぇ焦った…

「てゆーか山下さんだったのかよ相手!」

あ、しまった。つい叫んじゃった。
冷静になっても驚きが勝ってさらに目見開いちゃったじぇねーか。

「え、悟…山下さんのことが?え…!?」
「いや~!いつ告(い)おうかマジで悩んでてさ~!やっぱ文化祭!?これか!?と思ったんだけど、やっぱ緊張すんじゃん!?ひよる可能性あんじゃん!?」

わーっと早口に一息で話してくる、たぶんまだ興奮状態でふわふわしてるんだろうなって話し方で。
いつになくでかい身振り手振に隣を通っていく人たちの方が避けていく。

「だから紡に宣言しとこうかと思って!」
「へぇ…」
「そしたらもう告(い)うしかねーじゃん!?男と男の約束だな!」
「……。」

あれは約束はと言わねぇよ、お前が勝手に言ったんだよ。
お前の勝手な宣言で俺がどんだけ焦ったか…

「だから報告な~!成功を祝してくれ!!」
「あ、あぁよかったな上手くいって…」
「さんっきゅーーーーっ!」
「……。」

なんだよ、山下さんだったのかよ。

「マッジでよかったわ、今心臓えぐいのウケる」

悟の相手は山下さんで、山下さんと付き合うことになったって…
そんな話だとは思わず、そのための報告だったとか。
よかった、マジで。すげぇ疲れたし、この数日間の俺マジで何だったんだよ。

めちゃくちゃ考えちゃったじゃねーかよ、屋中のこと…

「!」

ずしんっと突然落ちて来た鉛にようなものに押し潰されるかと思った。
待て俺は何を言ってるんだ?
何がよかっただよ、全然よくないだろ!だって…っ

「屋中は!?」
「なんだ?真斗がどーかしたか?」

さっきよりも身体が熱くなった、それなのに体が震えて息が荒くなる。
わかんないけど、体の奥が疼いて。

「そうそう!さっきピロティの方で会ってさ、真斗にも報告したんだよ」

さらにドクッと心臓を突く。目の前が真っ暗になるみたいで。

「瑠奈と付き合うことになったって!」

もう何を考えればいいのかわからない。
何を言えばいいのかもわからない。
何をしたらいいのかなんてちっともわからないのに…
走り出した足を止められなかった。悟に呼びかけられる声も聞いていられなくて無我夢中で走った。
さっきよりも、全速力で。

「…っ」

人混みを抜けて廊下を抜ける、ピロティならこの先だからこのまま行けば…!
ダンッと踏み込んで渡り廊下に出た。
こっちの方はあんまり店がないせいか少し静かだ、人気(ひとけ)も少なくて見付けやすいけどキョロキョロしてもどこにもいない。
もうピロティにはいないのか、じゃあどこに…
この人の多さじゃ簡単には見付けられる気がしないけど、立ち止まる気にはなれなくて。
もう一度校舎の方へ戻って足の動くままに探した。ひとつずつ教室をのぞき込んでは目を凝らして、賑わう校舎は声も聞き取りにくいから。

「…どこだ?」

人多しいうるさくてよくわかんねぇ、騒がし過ぎる。まだまだ模擬店の盛り上がる最中、身動きも取りづらくて。
こんなんで屋中はどこにいるんだよ、何してんだよ。

今、どうしてー…

「…凹んでるよな」

そうだ、悲しんでるに決まってる。
じゃあこんなとこいねぇよ、こんな騒がしいとこいない。

きっと1人で悲しんでるんじゃないか?
どこかにいるはずなんだよ、きっとどこかに…

もう一度、走り出す。
騒がしい文化祭から逃げ出すみたいに、駆け出した。

どこだ?

どこにいるんだよ、屋中ー…!

「紡くん…っ!」

どこのクラスも使ってない第3棟校舎へ続く廊下を走り抜けようと角を曲がった時だった、反対側から慌てた様子で走って来る屋中が見えた。
息を切らして走って来る、ハの字に下がった眉毛は今にも泣きそうな顔をしてた。きゅぅっと胸が苦しくなる、だけど今はそんなこと言ってられなくてなんともないフリをした。

「屋中!」

何を言おう?何て言おう?
俺が屋中に言えることなんてあるのかわかんねぇけど…
悲しい顔は見たくない、たとえ俺の恋が報われなくても。

俺はー…っ!

「僕じゃダメですか…!?」

トンッと足を踏み込んだ瞬間、廊下に響いた。
やっと屋中を見付けたのに何も言えなかった、突然の言葉に開いた口がただ息をするだけで。

………え?

「あ、ごめんね急に!」

何が?急に何の話なんだ、それは。

「急に何言うんだって感じなんだけど、あのねっ」
「屋中、あの…っ」

あせあせと長い前髪をいじりながら、だけど全く俺の方は見ていない。俺もテンパってたけど屋中もテンパってた、もっと凹んでるかと思ってたのに。

「悟くんに聞いたんだ、彼女が出来たって…」

そう、だから悲しんでるって。

「そ、それでね!きっと傷付いてると思うんだ、それはすごくものすごく傷付いて…っ」

傷付いてだっていると思った。

「わかってる!紡くんが言いたいことはわかってるんだけど…!」

早口に捲し立てるように喋るから俺が入る隙さえもなくて、余裕なく話し続けて息をのんだ。
スッと手を下ろして、だけど俯いたまま前髪が揺れるだけだった。

「僕じゃ悟くんの代わりにはなれないかな?」

廊下がしーんとする、何も言えなくて何を言ってるのかよくわからなくて。

なんだそれは、それはどうゆう意味だ?
悟の代わりって、何の代わりだよ。

だって屋中は悟のことがー…

「紡くんのことが好きだから」

屋中がぐっと顔を上げたから目が合った、それには少しドキッとして。
息が、出来なくなる。吸った息がどこかへ行ってしまったような感覚で、一瞬時が止まったみたいだった。

「ごめん、今言うことじゃないかもしれないんだけど今しか言えなくて、勢いで言っちゃったんだけど…」

真っ直ぐ俺を見つめるから、瞬きをするのさえ忘れて。

「ずっと紡くんのことが好きだったんだ」

全然頭が追いつかない。
俺は屋中を慰めに来たつもりだったのに、だから屋中を探してたのに。
屋中が、そんなこと言うから…

「紡くんがノートを貸してくれたことが忘れられなくて」

じっと見ることしか出来なかった。

「前にその話したでしょ?僕、友達悟くんしかいなくてどうすればいいか悩んでたんだけど…」

どこか不安そうに、静かに話始める。
俺の心臓はあんなにドキドキしてたのに不思議と今はおとなしかった。

「紡くんは優しい人だってこと、わかってたから」

声が穏やかで、スーッと入り込んでくるみたいだった。

「紡くん、誰かに頼まれた時絶対嫌な顔しないよね?あれすごいなぁって思ってたんだ」
「だからそれは波風立てたくないだけで…」
「でもすごいよ!嫌なことでも引き受けてちゃんと最後までやり切るんだもん」
「……。」
「それに波風立てないことも大事だよ、紡くんがいるからクラスがまとまってるんだよ」
「…大袈裟だ、別に俺は何もしてないから」

余計な騒ぎを起こしたくないだけ、それは逃げてるんだよ。
みんなからも自分からも、ただそれだけ。

「本当はナレーションだってやりたかったんでしょ?」
「それは…っ」
「でもみんなの空気壊したくなくて、自分の気持ち閉じ込めたんだよね」
「……。」

ふっと屋中が笑った。
おとなしくしていた心臓が、少しずつ音を出し始める。

「それは紡くんが優しいからだよ」

顔が熱くなって見ていられなくなった、屋中の顔が。
顔を赤くしたまま下を向いた、ドキドキと鼓動を感じながら。

「ずっと喋りたいって思ってた、紡くんと。だけどなかなか勇気が出なくて…やっと話しかけられたのがノート貸してだったんだけど」

本当はそんなことない、嫌な顔だってしたいしやりたくないことだってたくさんある。
やりたいことだって、やりたいってちゃんと言えないのに。

「初めて話せた時、嬉しかった」

屋中だけだよ、そんなこと言ってくれるのは。
なんでだろう、嬉しいのに泣きそうになる。嬉しくて泣きそうになる。

「でもごめん」

屋中の声が揺れた。

「利用しようとしてたんだ紡くんの気持ち」

グッと力を込めたみたいに唇を噛んだ。絞り出すような苦しい叫びが胸に刺さる。

「わかってたのに、ずっと紡くんのこと見てたからわかってたんだけど…っ」

“悟くん、でしょ?紡くんの好きな人”
どんどん声が大きくなって抑えきれなくなるみたいだった。はぁはぁと肩で息をして感情で高まった滲んだ声を落ち着かせて、消え入りそうな声で呟いた。

「諦めるためにはこれしかないって思った」

俯いてる屋中を見ながら、気付けば俺が屋中のことを見ていた。

「早く2人が上手くいけばいいのにって思った」

それは俺が思ってたこと、俺が屋中に思ってたこと。
そしたらもうこんな気持ちにならないんじゃないかって。

「…だから頼んだんだ、振り向かせる方法を一緒に探してほしいって」

“好きな人を振り向かせる方法、一緒に探してくれない?”
ドクンッ、と静かに心臓が脈を打った。
あの時のことを思い出したみたいに。

「僕は紡くんと悟くんが上手くいけばいいって思ってたから、悟くんのことを聞くフリして…でも紡くんのことも知りたかったから、なんともない素振りで聞いてみたりして」

“紡くんはどんな話するの?”
“紡くんはお化け屋敷好き”
“じゃあ紡くんはー…?”
そんなこと気付いてなかった、全く。気付く余裕なんかなくて、自分の感情を無にすることに徹してた。

「そしたら紡くんのことも悟くんのことも知って、どうにか上手くいくように出来ないかなとか考えて…たんだけど」

屋中の気持ちを応援してるようで、本当の気持ちは見えてなかったんだ。
自分のことしか見えてなくて、考えてるのはずっと自分の気持ちばかりだった。

「仲良くなりたかったんだ紡くんと、もっと話してみたかったっ」

じゃあいつからなんだよ、どこで何を間違えてこうなったんだよ。もう全然わかんねぇよ。

だけど胸が騒ぎ出して、心が熱くなるー…

「恋人にはなれなくても、せめて友達になれたらって…っ」
「いちごミルクっ!」

下を向いたままの屋中に呼びかけるように叫んだ。
何を言葉にしたらいいかわらかない。上手く伝えられるかも、わからないけど。

「本当は好きじゃない」
「え?」

今、言うことは言えることは何なのかって。
俺が思ってること、ずっと言えなかったことを。

「えぇ!?そうなの!?」
「うん」
「でもよく飲んでるよね!?あれは…っ」
「…。」

やっと顔を上げた屋中がこっちを見た。
何言ってるんだって困惑してる顔だった、たぶん2つの意味で。
なんで急にそんな話するのかってことと、好きでもないいちごミルクを毎日飲んでるかってこと。

「悟が間違えて押して、いらないからって押しつけられたんだよ」

いらなかったけどあんな甘ったるいの、全然飲みたくなんかなかったけど。断れなくて仕方なく口にした、それが初めてのいちごミルクだった。

「えっ、でもあんなに飲んでるのに!?あ、それキッカケで好きになったとかじゃ…」
「…。」
「ないの?」
「ない」

口の中に甘さが残って永遠になくならない気がして、もう二度と飲まないって空になったパックを捨てた。
だからもう手にすることはないって、そう思ったのに。

「ごめん、僕知らなくて!好きだと思ってたから…っ」
「理由はそれじゃない」

きゅっと手を握って力を入れる。静かに深呼吸をして息を整えた。

「え、理由?って…」

すっと息を吸って、真っ直ぐ姿勢を正した。ちゃんと顔が見れるように。

「屋中がくれたから」

その瞬間、特別になった。
永遠に残る甘さも、感じるたびにあったかい気持ちになって気持ちが軽くなった。

「だから好きになった、いちごミルクが」

それも全部屋中だったから、屋中だけは違ったから。

「頼まれることがあたりまえできっと頼めばやってくれると思われてる、実際そうだし断れない俺も俺だし…」

なるべく自分を殺してきた、それで事が済むならそれでいいって。
でも嫌なことだってあるし、傷付くことだってある。全部を押し殺すのは時々つらくもあって、それが救われたように思えたんだ。

「俺に気付いてくれたみたいで嬉しかった」

あのいちごミルクに救われたんだ。あたりまえじゃないことを、思い出させてくれた気がした。

「だから俺は…」

俺が本当に好きなのは、いちごミルクが好きなんじゃない。

「俺の好きな相手は…!」

俺が好きなのはー…

「屋中、…なんだけど」

言ってしまった、ついに言ってしまった。
言うつもりなんかなかったのに、ついに…
顔が熱いどころじゃない、熱過ぎてよくわからない。
かぁ~っと熱が上がってとにかくやばいんだけど…!

「……。」
「…。」
「……。」
「…無言長過ぎじゃないか?」
「えぇぇ~~~~~っ!?」

さっきまできょとんっとしていた屋中が思いっきり叫んだ。文化祭じゃなかったからたぶん事件起きたかと思われるぐらい声響いてた、よかった文化祭で。

「え、だって!え…っ?紡くんは悟くんのことが好きじゃ…!?」
「……。」
「え、違うの!?」
「俺、そんなこと言ったことなくないか?」
「え、それは…っ」

首に手をかけて、ふぅっとタメ息交じりの息を吐く。
あれだけ熱かった顔が少しやわらいだ、事件ぐらい叫んだ屋中を見たら。

「好きじゃねぇから、悟のこと」

どこでどうなってそうなったのかわからない、でも悟のことはそんな目で見たことは一度もない。生まれてから、一度も。

「小学校の遠足の時、俺に班代わってくれって言ったの悟だからな」
「え!?」
「好きどころかあいつのせいだよ」
「えぇ!?」

ゆっくり手を下ろして少しだけ目を伏せた。ちょっとだけ、昔のことを思い出して。

「苦手なんだよ、悟のこと」

こんな話も、誰かにしたのは初めてだった。

「別に嫌いなわけじゃないけど、楽しい時もあるしまぁ幼馴染だし?でもたまにすげぇ嫌になる」

言えなかった、これも。言っちゃいけない気がして言えなかった。

「率先して何か頼んでくるのは悟で、それを見て他の奴らまで言い出すのがいつもの流れだから」

目立つから、悟は。いつもクラスの中心にいるし、そんな奴だし。

「悪気はないんだけどな、素であんな奴なんだよ」

それも知ってる、わかってる。
ただそんなとこが苦手なんだけど。
遠足の班だって好きな子と一緒になりたかったからとかなんとかって後から言ってた、だけどその頃にはもうどうでもよくて考えるのをやめた。
どんな理由でも、もう俺には関係ないって思ったから。

「だから悟のことは好きじゃない、から」

屋中と目を合わせた。それだけでドキドキして、本当は目を逸らしたくなったんだけど。

「だから俺はっ」
「僕は紡くんが好きだよ!」

言い切る前に言うから、何の迷いもなく俺が躊躇していた言葉を。
やっぱり逸らしたかった、そんな目で見られたら身が持たな過ぎるんだよ。
じっと見つめて、大きなどんぐり眼が俺を見てる。あんな大きな目してるのにまるで俺しか映ってないみたいに。

「僕と付き合ってくれませんか?」

ふわふわしてこそばゆい、恥ずかしくって仕方ない。
だってこの気持ちが叶うなんて思ってなかった。振り向かせられるなんて、思ってなかった。

「…うん」

頬が熱くなるのを感じて、こくんと頷いた。体中がドキドキして、自分でも何がなんだかわかんなくて。

「紡くん」

トンッと一歩近付いた屋中に、気持ちは高ぶっていくから。

「キス、したい」

耳元で囁いた声に、熱が溢れてー…

「はぁ!?何言って…っ」
「ダメ?」
「…っ」

なんで同じ身長なのにちょっと上目遣いなんだよ。
なんで下から来られてんのに上からなんだよ。

俺はNOが言えない、たとえ嫌でも。

だけどこんなの答えは決まってる、最初からずっとー…

「いいよ」

目を閉じれば唇に屋中の温度を感じて、柔らかい感触に心臓は鳴り続けてた。
初めてだったから、上手く出来てたかわからないけど。

“紡くんには幸せになってほしい”
幸せだよ、俺。今すっげぇ幸せ感じてる。


****


「つ、紡くん!一緒に帰らない!?」
「……。」
「あ、いい?今日用事とかある!?」
「ねぇし、一緒に帰るし」

パァッと顔を明るくする、最初のこわばった顔はなんだってぐらい。
変に緊張感があるから、俺だってちょっとくらいは緊張してるけど。だって、あんなことして…やばい、思い出したらまずい。顔に出てやばい。

「あ、悟くんたち!」

大成功を収めた文化祭が終わって、今日は片付けをしないまま帰る。あんな大掛かりなセット簡単には片付けられねぇし、楽しかった思い出だけ持ち帰るのが文化祭で。
下駄箱に着いたら悟と山下さんが歩いて行くのが見えた。手を繋いで、遠くから見てもいい感じだった。

「よかったね、悟くん」

今となっては、な。途中全然よくなくて焦ったけど、今ならそう思う。
報告された時に上手く言えなかったおめでとうを今度ちゃんと言ってやるか、ってな。

「ナレーションのこと、悟くんにお願いしたんだよね」
「え?」

スニーカーを取り出して履き替える。すでに履き替えた屋中はとんとんと靴を慣らしていた。

「紡くん、本当はAIになんか任せたくないんじゃないかなーって思って」

履き替えた上履きを持ったまま下駄箱に仕舞えなかった。
確かになんで急に変わったんだって思った、でも気にしたら終わりだって考えなかった。またどうせ悟がテキトーなこと言ったんじゃないかって…

「屋中が言ったのかよ!?」
「うん、でも僕が上野くんたちに言っても無理かなって思って悟くんに」
「そんなのいつの間に…!」

あ、もしかしてあの時…
“悟くん、一緒に帰らない?”
ふと思い出した、もしかしてあれはそうゆうことだった…?

「あ、でも本当にやりたくないって思ってたらごめんね!?」
「いや、そうは思ってないけど…」
「じゃあやっぱりやりたかった!?」
「……。」

ずっと持ったままだった上履きを下駄箱にしまった。グッと手に力を入れて、息を吐く。

「なんでわざわざそんなこと…」
「紡くんはやりたいんじゃないかなって思ってたのは本当だけど、たぶん本当は違って…」
「違うって何が?」

上履きから手を離して屋中の方を見た。そしたら目が合って、にこっと笑って返って来た。

「僕が聞きたかったから、紡くんのナレーション!」

ボンッと顔が赤くなる、一気に体温が上昇して速攻で逸らしてしまった。
見ていられなくて、そんな顔で笑うんだとか胸がきゅーってなるから。

「か、帰るぞ!」

わかりやすくどもったし。
冷静さ保てなくてカッコつかねぇのダルい。せめて動揺した顔が見られなけりゃいいかって屋中に背を向けて歩き出した。
ちょっと俯いて、早く収まれと右手でパタパタと仰いで…

「あ、古墳くん!」

ぐるんっと勢いよく後ろを向いたせいでスクールバッグのポケットから飛び出した。キーチェーンで付けるだけ付けて、見られないように本体はポケットにしまい込んでたはずだったのに。

「付けてくれてたんだ!」

見られた…!!
こっそり誰にも見られないようにしてたのに、バレるとか…っ
なんて言い訳しようとかなんて誤魔化そうとか、そんなこと考えながら振り返った。

「ありがとう!」

だけど笑ってたから、心臓が喜んじゃって。

「付けてくれて嬉しい」

あ、もういいんだって思った。バレても、いいんだって。

「好きだもんね、紡くんも」

また前を見て歩き出す、勝手に緩む頬がむずがゆい。ふっと声が漏れるから。

「好きだけど」
「可愛いよね、古墳くん」

後を追いかける屋中の方を振り返って、笑うんだ。

「じゃなくて、俺が好きなのはー…」