僕らの好きな人を、振り向かせる方法。

“僕のこと利用してくれていいから”
それは何の?

「何でもいいよ、紡くんが思うことなら何でも」

ピッと自販機のボタンを押した。出てきたいちごミルクを取り出して、付いてたストローを差し込みながら振り返ったら屋中が一生懸命説明していた。こないだの件を、丁寧に。

「何か紡くんが困ってることあったら僕を踏み台にしてくれてもいいし」

…だから何の?
踏み台にするようなことなんかねぇーよ、ちょっと電球変えようかなぁーじゃねぇんだよ。
弁当を食べ終えた昼休み、中庭の自販機までいちごミルクを買いに来た。屋中は何も買わないのにただついてきただけっぽいけど。

「た、例えばなんだけどね!2人で遊ぶのってちょっと気まずいかもしれないけど、3人だったらちょっと薄れるかなーとかそんな…」
「……。」
「あ、紡くんは悟くんと2人でも遊べる…よね?」
「いや、最近は遊ぶことあんまないけど」

昔ほどは、誘われたら遊ぶけど俺から誘うことはあんまないし。
ちゅーっといちごミルクを吸った、急にしゅんとした顔をした屋中を見てそれぐらいしか答えられなかった。
そんな眉毛下げるなよ、反応に困るだろ。

「…じゃあ悟くんと」

ほんの少し下を向いたと思ったら、次に顔を上げた時には笑ってた。少しだけ、キュッと口角を上げて。

「3人で遊ぼう」

きっと屋中からしたら悟と遊ぶついで、言ったとおり2人だと気まずいから…
俺と3人のが気まずくないか?とも思わなくもねぇけど、どんな会話する気なんだよ。

「…うん」

でも頷いてしまうんだけど、俺は。
ふぅっと息を吐いて歩き出す、嫌にでも出てきてしまうタメ息はどうしようもなくて。
いちごミルクを飲みながら教室に戻ることにした。

「あ、僕今度悟くんと日直なんだ!」

俺が歩き出したらその後ろを追いかけて、隣を歩き出した。

「だから紡くんと代ってあげる!」
「なんで!?」

思わずぎゅっといちごミルクのパックを握ってしまった。まだほとんど飲んでないせいでちょっとこぼれたし。
なんでそんなこと言い出したのか、つい眉間にしわを寄せたまま屋中を見てしまった。

「だから紡くんは悟くんのこと誘ってくれない?」

だけどにこっと笑ったから、なるほどそうゆうことかと思って。

「3人で遊ぶ約束、してくれない?」

交換条件的なあれか、俺に日直を譲るから遊びに誘ってほしいと。
別に悟と日直やりたくねぇーけどな。やりたくないけど、屋中にそう言われたら…

「…わかった」

答えざる得なくて。
てゆーか屋中はそれでいいのか?屋中は悟と日直やりたいんじゃ…それよりも遊びの方が屋中的には上ってことなのか?
これが屋中の言う、利用ってやつなんだろうか。

「それとね、どうやったら好きな人を振り向かせられるんだろうって僕なりに考えてみたんだけど」

“好きな人を振り向かせる方法、一緒に探してくれない?”
もしくは同盟みたいな、お互いを利用して振り向かせる方法を探して…
その先はどうなるんだろう?振り向いた、その先は…?

「ドキドキさせられないかな?」
「……。」

すごい真剣な顔してた、顎に手を当てながら。表情と言動が合ってない気がするんだが。
また俺の眉間にしわが寄ってしまうじゃないか。

「怖くてドキドキしたのを脳が勘違いする状況を作るのって難しいなって思って、だったらいっそのことドキドキさせればいいんじゃないかって」

恐怖からくるドキドキを勘違いして生まれるのが吊り橋効果ってやつで、ただドキドキさせたらそれはもう勘違いとかそんな話じゃねぇだろ。

「どうかな?」
「…さぁ?」

あまりに純な瞳で見てくるからひたすらにいちごミルクを飲むしかなかった。いつになくくりっとした瞳は異様な圧を感じて。
むしろそっちのが難しいだろ、それでドキドキしたらそれはもう…っ

「ねぇ試しにやってみない?」

ふいに近付いたから、それだけでドキッとしてしまった。ふっと屋中の息が頬にかかるみたいだったから。

「何言ってるんだよ!?」

すぐに一歩離れた、顔が熱くなるのを感じたから悟られないようにいつもより大きな声を出した。

「そんなの試したって…っ」

またいちごミルクこぼすかと思って焦った。
それなのに屋中はただでさえ丸いどんぐり眼をさらに丸くして俺を見るから。

「だって本当にドキドキするか試しにやってみなきゃわからないよね?」

わかるだろ、そんなのやらなくたって!
しかも試すってどうやって!?
何をする気なんだよ…っ

「…、だけど意味ないだろ俺じゃ」

ふぅーっと息を吐く、あまり熱くならないように気を付けて呼吸を整える。
だけど屋中の俺を見る目は変わらなくて。

「意味あるよ、相手がいないと出来ないし」
「いや、でも…っ」
「そのために僕がいるんでしょ?」

せっかく離れたのにまた近付くから、ふっと声を漏らすように笑って俺の視界に入ってくる。

「僕を利用してほしい」

全然いちごミルクが進まない、本当はもうずっとドキドキしてるから。聞こえないように必死に息をひそめてるのに。

「僕を好きな人だと思って」

平気な顔をするのも、疲れるんだよー…

「ねぇ紡くん、試してもいい?」

だけど断れなくて。

「…うん」

ううん、断りたくなかったのかもしれない。
今屋中は俺を見てるんだと思ったら、苦しくも胸が騒がしくて利用してみたくなった。

「で、試すって何をー…」

スッと屋中が手を絡ませた、俺の指先に。あまりに自然だったから手がぴくっと固まって、屋中と目を合わせたままだった。
ゆっくり絡まっていく指に全部の神経が集まって、心臓だけじゃないドキドキ体中が震える。
や、やばい手が震えて動かない。
落ち着け俺、何事もないように握り返し…返すのか?これって返すのか!?
心臓がうるさくてもう思考回路が…!

「紡くん」
「!」

ぎゅっと握った手をそのままに、反対側の手でくいっと俺の顎を上げた。ドキンッと感じたことのない鼓動に吸った息が戻って来ない。
てゆーかそれは身長差がある時にするやつだろ!?
でもそんなの関係ないぐらいドキドキして、目を離すことも出来なくて。
今声を出したら絶対うわずる、変な声出る。
だから無理にでも声を押し込んで…っ

「ねぇドキドキした?」
「しねぇーよっ!」

間髪入れず返した、ここで躊躇したら終わりな気がして。
すぐにパッと手を離して屋中からも離れた。ちょっと不服そうな顔してたけど。

「やっぱり意味ないなかなぁ」
「ないだろ!」
「そっかぁ…」

うーんと悩んで、物足りなそうだった。
そんな姿を横目にバクバクうるさい心臓を、早く静まれと気付かれないように浅く呼吸を繰り返していた。
まだドキドキしてる、ちょっとやそっとじゃおさまらないぐらいドキドキして心臓が苦しいくらい。

「シチュエーション?とかも大事なのかなぁ?」
「……。」
「雰囲気って大事って言うことない?そうゆうことなのかなって思って」
「……さぁ?」

俺を見てる屋中の目は澄み切って何の狂いもない、だからたぶん本気だ。
それマジで言ってんのか?こっちの心臓がもたねぇよ!
何が好きな人だと思ってだよ、こっちは…っ

「奥江くん!」

教室に戻って来て、中に入ろうとしたらひょこっと山下さんが出て来た。あまり話しかけられることないからこれはこれでドキッとしてしまった。

「奥江くんにお願いがあるんだけど」
「え、俺に?」

ふわふわした茶色の長い髪を揺らした山下さんが手を合わせて上目遣いで見てくる。
何をお願いされるんだって違う意味でのドキドキが止まらなかった。あんまり無理難題は困るんだけど…

「お化け屋敷のナレーションしてほしいな!」
「え?」

じぃっと見られたまま、こてんと首を傾げてすでに断れる気はしてない。
てゆーかナレーションって…もしかして、あの?

「みんなでお化け屋敷行ったじゃん?最初にナレーションから始まるのゾクゾクして怖かったことない!?」

あった、その展開。
入ったところで説明みたいなのが、恐怖を誘うBGMにおどろおどろした声でこの場はどうの〜とか言ってた気がするあんまり覚えてないけど。大して聞いてなかったから。

「それ奥江くんにやってほしいの!」

まだ何のお化けをするかは決めてなかった。なんかテキトーに楽なやつないかなーって思ってたぐらいで、だけどナレーションは予想外っていうかなんてゆーか…

「あの…なんで俺が?」

パンッと山下さんが目を輝かせながら手を叩いた。廊下にキレイに響いちゃったからちょっとだけビクッとしてしまった。
だってそんな山下さんに期待されるようなことあったか…?

「こないだの奥江くんの叫び声すっごくよかったから!」
「……。」

これにはさすがに目を細めてしまった、それで頼まれたんだとしたら最悪なんだけど。

「奥江くんってあんな通る低音出るんだね!めちゃくちゃいい声してたから!」

あの場にいた奴らに聞かれてるのはわかってたけど、あんだけ叫んだら。でも何もないフリしてなんとなく流してきたのに…

「確かに紡いい声してたもんな!」

とんっと勢いよく俺の肩に手を掛けた。ニヤッとしながら肩を組んで、いやらしい目で見下げてくる。

「…悟、バカにしてるだろ」

絶対、その顔は。思い出したくもないんだよ、あのことは。

「お願い奥江くん!やってほしいの!」

それなのにさらに大袈裟に手を合わせた山下さんを前により断りづらい雰囲気になって。

「紡はやってくれるよな?」
「……。」

それは俺が断れないのを知ってるからだろ。
どんなことでもNOを言わないことわかってるから、悟は。

「だって俺と紡の仲じゃん?」

ケラッと笑ってもう俺のことなんか見てなくて。見なくてもわかってるから、頷く前から答えは決まってるって…俺もわかってるけど。
ちょっと引きずりそうになる顔を無理に引き締めて山下さんの方を見た。

「…いいけど」

渋々、それは渋々頷いた。
くるっと振り返った山下さんは教室に向かってやったー!って叫んでた、他の奴に伝えるみたいに。
肩を組むのをやめた悟はふふんっと鼻歌を奏でながら満足そうに教室の中へ入っていった。
…これで円満、だよな。こうするのが最良なんだよ。

「紡くん」

そんでこのやり取りを隣でずっと聞いていた。

「よかったの?」

屋中が。
一緒に戻って来たからな、そりゃ聞いてるよな。

「ナレーションで」
「…あぁ」

やっとちゃんと息が出来る気がしてふぅっと息を吐いた。
お化け屋敷だ、それは誰だってお化け役がやりたい。それがお化け屋敷の醍醐味だし、裏方選んでない時点で目立ちたいに決まってるし。
でも俺は元々やりたくなかったわけだから、なんだっていいんだけど。

「誰かがやらなくちゃいけないなら」

ただあのショッピングモールのお化け屋敷を想像したらそこそこナレーションの比重がでかい。
え、結構しんどくないか?覚えてねぇけど結構長かった気するんだけど。
だけど頼まれたらやるしかなくて、嫌そうにした顔だけでも伝わってなかったら…

「紡くんってすごいよね」

ふっと笑って俺を見てた。

「そんな風に考えられるの、すごいよね」

……。
そんな風に、ってどうゆう意味だろ?そんな褒められるようなことはなくて。
別に大した意味なんかねぇーけど、だって…

「紡くんのナレーションから始まるお化け屋敷楽しみにしてる」
「……。」
「ほ、本当だよ!?本当に思ってるからね!?」
「何も言ってねぇーよ」

ついそんな顔をしてしまったから、あの叫び声聞かれて楽しみにしてるって言われてもマジで嬉しくねぇ。早く記憶から消し去ってほしいくらいなんだけど。
なんだけど…、きゅっと口角を上げて笑う表情は俺をそんな気にさせる。
単純過ぎるって思うけど、それにも“うん”って頷いて。


****


「文章量多…!」

さっそくナレーションの台本がスマホに送られてきた。
こんな喋ることあるのかよ。
これあのお化け屋敷より多くないか?絶対あれより喋ること多いだろ!

「お化けより楽かとちょっと思ってたけどこっちのが大変じゃねぇかよ」

最初にかるーく喋ればいいかぐらいに思ってたけどギッチギチにコンセプト固めてきてるから説明文多過ぎる、上野が拘って文章作ってくるから。しかも読み方の指示までついてんだけど。

「…はぁ」

自分の部屋のベッドに寝転がって、一度目を閉じて想像してみる。さっと目を通した文章を思い浮かべながら…
多いな、喋ること多いだろ!?
てゆーかお化け屋敷のタイトルなんだっけ?こないだのお化け屋敷を参考にしたとかって言ってたけど…

「絶叫レストランへようこそ」

まんまパクリだな、これ。悟が昔見た映画みたいのにしたいって言ってたけど、全然参考にされてねぇーじゃん。
ベッドから起き上がってペットボトルの蓋を開けてごくっと水を飲んだ、これ覚えるのかって考えながら…
確かに最初にコンセプト説明した方が一気に世界観に引き込めるし今流行の没入感?も高まるしいいよな。てことはかなりナレーション重要になってこないか?BGMに合わせて喋った方がいいし、だとしたらカンペ見ながらよりも覚えた方がー…

「……。」

さ、さすがにこれはテキトーには出来ねぇしな!文化祭のお化け屋敷なんだ、最悪帰ればいいとかの問題じゃねぇしだからちゃんと…!
“紡くんのナレーションから始まるお化け屋敷楽しみにしてる”
あれでちょっとやる気になったとかじゃない。引き受けたからにはってだけど、本当それだけで…

「御託並べてんのもあほらしーか」

バタンッと後ろにそのまま倒れ込んだ。俺に出来るのはこれぐらいなんだ、屋中の気持ちを考えたら。
利用だなんて、どうやってするんだ?利用していいって言われても実際には何をしたらいいかさえもわかんねぇーよ。


****


「マジで矢野ちゃん書き過ぎじゃね?」

ぶーたれながら悟が黒板を消し始めるのを見て同じように黒板消しを持った。早く終わらせようと悟とは反対側から攻めていくことにした。

「文化祭の連絡事項だろ、準備もあるからな」

矢野先生が近付いてきた文化祭について、これからの流れを残していった。
一応文化祭実行委員によってメモがされて、あとはこれを消すのが今日の日直の仕事。

「文化祭の心得とかいらなくね?成功への導き方とかいるか!?みんなで作るのが文化祭ってでかでか書きやがって消しにきぃっ!楽しけりゃなんでもいーだろ!」
「先生たちもいろいろあるんじゃねぇの、先生たちの成果みたいなやつ」
「教育委員会に言われてんのか!」
「それは知らないけど」

むっすーとした顔で消し進めていく、その態度が現れて消しても黒板には薄っすら跡が残ったままだった。
黒板消すのって地味に大変だからな、授業は仕方ないとしてホームルームまでこんなに書かないでほしいとは俺も思ってるけど。

「もういーか、これで!」
「…残ってるだろ」
「まだ日直日誌もあるんだぜ~~~??」
「じゃあ悟先に日誌書いといて」
「よーし、任せろ~~~!」

表面しか消せていない黒板のままにしておくことは出来なくて結局悟の分まで消すことになった。
日誌はどっちかが書けばいいし、最後にコメントだけ書けば…
ん?でも日誌って俺が持ってたよな、俺の机の上に置きっぱなしで…

「さとっ」
「いただきます」
「あっ」
「間違えました、いらっしゃいませでしたね…」
「あーっ」

遅かった、日誌も持った悟は机を見てた。じーっと机の上を目を凝らして、薄くシャーペンで書かれた文字をなぞってた。

「なんだこれ?」

しまった、黒板じゃなくてそっちを消しとくんだった!
今日1日の俺の成果なんて残しておくんじゃなかった…っ

「あ、お化け屋敷のナレーションか!」
「……。」

あたりまえにすぐ気付かれた。
練習ついでに授業中机の上に書いてたのがバレた、やっと覚えたからつい。しかも奇声を発した上に届くはずなんかねぇのに手を伸ばしちゃったから、くるっと振り返った悟はニヤッと笑ってた。

「ちょっとやってくれよ!」
「やだよ」
「どーせ本番やるやつなんだからいーじゃん!」
「なんで悟の前でやらなきゃいけねぇーんだよっ」
「わかった、オレ客側やるから!」
「客側ってなんだよ!」

勝手に悟のおふざけスイッチが入った。

「今からお化け屋敷だ!怖いなぁ!」

ってコントの入りみたいなセリフを言って、カーテンをくぐる仕草をするから。

「……。」
「ここのお化け屋敷ってナレーションから始まるらしいな!怖いなぁ!」

演技はすこぶる下手だけど。
両手を握り合わせてぶるぶると震えたらチラチラと俺の方を見て、目を細くした俺に目配せをしてくる。
だからやらねぇって言ってんのに、早く早くって目で訴えて…

「いただきます。あ、間違えましたいらっしゃいませ…でしたね?」

やるしかなくて。他に悟しかいねぇし、仕方なく。

「ここは絶叫レストラン、みなさまにおいしく召し上がっていただくために生きの良い食材をご用意しております」
「わぁー!うれしい、何かしら~♡」
「…まずはみなさまの体を清めるところから、おいしくいただくにはそれなりの準備が必要でございます」
「そうねそうね、大事よね~!」
「おいしい食事を楽しみに…あ、お楽しみに」
「いやぁぁぁーーーっ!」

廊下にも響く声で悟が叫んだ、それには俺の方がびっくりした。

「今楽しみにって言ったわ!食べる気なの!?もしかしてアタシたちを食べる気なの~!?」
「…悟」
「嫌だわ怖いわぁ~~~!」
「うるさい」
「なんでだよ!めちゃくちゃ盛り上げてんじゃねぇーかよ!」

声もでかけりゃ動きもでかい、なりきってんのか表情までうるさくて。

「どこのマダムだよ」

なんか笑えてきたし。身振り手振りただの教室で騒がしくしてんの見たら、意味わかんなくて笑えてきた。

「臨場感溢れてたじゃないの!」
「客側に臨場感あっても意味ねぇんだよ」
「がんばったのにアタシ!」

その言い方が気になって、図体のでかい悟がもうっ!なんてかわい子ぶるから…やばい、なんかツボった。
くっだらないのに仕草がいちいちイラッとして、それがおもしろくなってきちゃってくすくす止まらなくなった。
なんで買い物カゴ持ってんだよ、その描写はいらないだろ。ネギが邪魔ねぇじゃねぇんだよ。

「なんだよ、それ!」

くすくすどころか声出して笑ってー…

「紡って自分殺して喋るみたいなの得意だよな」
「…は?」

ピタッと声が止まる、笑い声が俺から消えた。
口を大きく開けて笑う悟と目を合わせる。

「ナレーション役超合ってると思うわ!」

…なんだよ、それ。
表情筋が一気に失われた気がした。あんなに笑ってたのにスーッとどこかへいってしまったみたいで、吊り上がってた頬が痛いくらいに。
そんなの、お前に言われたくないんだけど。

「叫び声は入れねぇの?得意じゃん」
「誰が入れるかっ」
「ぜってぇそれのオファーなのにな~」
「死んでもやるかよ!」

消し終わった黒板消しを置いてパンパンと手を払った。
こんなことしてたせいで遅くなったし、さっさと日誌書いて職員室持って行かないとなのに。

「こないだのお化け屋敷も超楽しかったよなー!」

気付けば悟の手から離れて机の上に置いてあった日直日誌を開いてイスに座った。
結局何も書かれてねぇし、こうなるだろうとは思ってたけど俺が書いたとこしか埋められてねぇ。

「つーか紡好きだと思ってたし」
「え、何?」
「怖い系!なんで言ってくれなかったんだよ」
「あぁー…言うタイミングなかったから」
「あっただろ!めちゃくちゃ!」
「なかったんだよ!」

なかった、たぶん。いつ言えばいいかもうわからなくなってて。

「ふーん、まぁいいけど」

筆箱からシャーペンを出してカチカチと芯を出す、今日は欠席もいないし特記事項もなし…でいいか。あとは今日のコメントを書いて、その前に日直の名前のとこ書き忘れてるわ。

「てか今日なんで紡が日直やってんの?」
「……。」
「真斗だろ?」
「…あぁ」

そう、本当は屋中だった。屋中と悟が日直だった。
“だから紡くんと代ってあげる!”
だけどそう言われて、屋中と変わることになった。

「あ、断れなかったのか!」
「……。」

ハハッと笑われたのが若干むかつくんだけど。
断れなかったってゆーか、そうだけどこれにもちゃんと意味があるんだよ…っ

「紡らしーよな~」

イラッとするのもめんどくさいかと思ってさっさと日誌を終わらせようと思ったのに、隣に座った悟が俺を見つめるみたいに笑うから。
しかもちょっと微笑むみたいな。なんだよその表情、むかつくしうざいんだけど。

「しょがねぇな~!オレが日誌書いてやるよ!」
「最初から悟の仕事だよ、俺だけの日誌じゃねぇーんだよ」

俺からさっとシャーペンを奪っていった悟が日誌に手を伸ばしてサラサラと書き始めた。
下手だな、相変わらず。
これ怒られねぇの?もっとちゃんと書いた方がいいんじゃ…

「コメントって何書きゃいいの?紡のナレーションよかったでい?」
「ダメだろ!余計なことは書かなくていいんだよ!」
「期待値上がんじゃん、奥江くんに任せてよかったわ~♡って」
「さっきのマダム入れてくんな」

頬杖をついて横目で日誌を書く悟の方を見る、一応変なことは書かないようにって見張りながら。
悟と日直って今まであったかな、たぶんなかったよなー…
“だから紡くんは悟くんのこと誘ってくれない?”
……。
誘った方がいいのか?これが交換条件なんだとしたら、そうだけど。
誘って…、誘うべきなのか…うーん、悩む。誘ったところでどうしたらいいのか…

「てか紡って真斗と仲良かったっけ?」
「え?」
「最近よくつるんでね?」
「あー…まぁ」

別に仲良いからつるんでるわけじゃないけど、傍から見たらそう見えるのかもしれない。実際は全然そんなことないのに。

「あのさ」

ゆっくり口を開いた、なぜかドキドキする心臓の音を聞きながら。

「…今度、屋中と遊ぶ約束してるんだけど」

悟相手にドキドキだなんて変だけど、ちょっとだけ緊張してたから。
なるべくなら平常心で抑揚のない喋りを心掛ける。
これしかない、そう考えて。

「悟も来ない?」

利用しようと思った、悟を。