僕らの好きな人を、振り向かせる方法。

あの時の俺はマジで何を言おうとしたんだ、今振り返ってもありえない。

「紡くんってお化け役やりたかったの?」

話し合いで俺らのクラスは文化祭でお化け屋敷をやることになった。他のクラスとも被ることなく正式に決定し、今度はそれぞれの係を決めることになって…

「…全然」

ちっともやりたくないけどお化け役になった、悟のせいで。
本当は看板持ちとかビラ配りとか当日テキトーな感じに終えるのがよかった…けど、断れなくて。

「あ、てゆーか屋中もごめん!俺が勝手に巻き込んで…っ」

“屋中も一緒にいい?”
なんて言っちゃったから。あれは苦肉の策で、咄嗟に言ってしまった。

「僕はいいよ、ちょっとおもしろそうだし」

そう言って屋中はスマホでお化けについて調べてた、どんなお化けになって脅かそうかもう考えてるらしい。
ざっくりした係決めが終わって、あとは細かく何をするかを係ごとに分けていく。お化け役になった俺らは何をやりたいか考えた後、みんなですり合わせるって感じだ。

「…たぶん人数合わせだから」

窓の外を眺めながら息を吐いた。足りなかったら困るとかそんな感じで、たぶん俺じゃなくてもよかった。

「紡くん優しいもんね」

窓に背中を付けてスマホをいじってた屋中がこっちを見た。窓から入り込んでくる風で前髪が揺れて、いつもより瞳の奥がよく見えた。
…別に優しくなんかない、ただ成り行きで。

「僕にもノート貸してくれたことあるしね」
「……。」

ふっと笑って。そんな顔で見られるのに耐えられなくなってまた前を向いた。

「…突然名前で呼ばれてびっくりしたけどな」
「ごっ、ごめんね!?」
「今まで話したこともなかったのに」
「ごめんっ、いつも悟くんが紡って呼んでたから…っ」

そう、たぶん俺はついで。屋中にとったら俺は、今こうして話してるのも不思議な感じさえするから。

「悟くん張り切ってるよね」

スマホから黒板の方へ視線を変える、その先にはもちろん悟がいて。
声は聞こえないけど身振り手振り、何かを伝てるみたいに喋ってる。何のお化けにしようかなとかそんな感じの会話かと思うけど。

「お化け屋敷誘えるかな?」

じーっと見ている横顔をただ見ていた。秋風は気持ちよくて、永遠にこうしていられるって思いながら。

「紡くんはどう思う?」
「いいんじゃねぇの」

間髪入れず答えた、屋中がくるんっと顔の向きを変える前に前を向いて横顔なんか見てなかったフリをする。
どう思うかなんか聞かれても、俺に答えられることなんてない。

「紡くんは誘わないの?」
「だから誘うつもりもないから、別に誘いたいとも思ってねぇよ」
「本当にそれでいいの?」

瞬きをした、小さく深呼吸をして隣を見る。

「いいよ」

どうかしたいなんて思ってないから。ただ見てるだけでよかったんだよ、本当は。
だからそのまま放っておいてくれたらよかったのにー…

「悟くんのこと、誘わないの?」
「……。」

そうだ、そうだった!
俺は今そう思われてるんだった…!
どこでどうなったのかわからないけど、屋中は俺が悟のことを好きだと思ってるんだっけ?
じゃあ今聞かれてるのは俺が悟を誘うか誘わないかの話で、俺が誘うことによって屋中にも支障が出るから…っ

「紡くん?」

あれ?ということは…??
バレたと思ってたのは実はバレてなくて、屋中は俺が悟のことを好きだと思ってる。そんでもって屋中の好きな人はきっと悟だ。
じゃあ今のこの状況って…

「どうかした?」

俺も屋中も悟のことが好きで、同じ人を好きだと思ってるってこと…?
ちらーっと屋中の方を見る、首を傾げてきょとっとこっちを見てる。

「あのさ、俺がその~…悟のことっ」
「あ、好きって話?」
「言うな!声に出すな!!」

両手で屋中の口を塞いだ。何のためらいもなく言われたことに焦って、俺の方が目立ってたかもしれないけど。
ふぅーっと大きく息を吐いてから小さな声でもう一度、屋中にしか聞こえないような声で。

「…いつ思った?」

こそっと、息を吐く。
屋中が俺の手に触れた、口を塞いだ手に触れてゆっくり口元から離そうとするからドキドキして。触れられた場所から熱が帯びていくみたいに思えて、交わした視線にドキドキが増していく。

「悟くんのこといつも見てたよね?」
「え?」
「だから気付いちゃったんだよね」
「…それはっ」

隣にいたお前だよ…っ!とか言えるわけねぇけど。
でもだからだ、とも思った。
だって普通に考えてその思考たどり着くことなくない?
俺が悟を見てるって、男の俺が見てるって、一般的にはいかない思考だよ。
だけどそんな風に思えたのは屋中もそう思ってたから、屋中も同じこと思ってたから。
これは不毛な恋だ、出来ることならこのまま消してしまいたいくらい。

「紡!ちょっとちょっと!」

騒がしい教室でもでかい声はよく通って、おーいと手を振る悟に呼ばれた。明らかにこっちへ来いという仕草を見てちょっと気が引けた、黒板の前でたむろってる集団の威圧感に。
悟の周りはだいたい派手な奴らが集まってるから、男子も女子も。あまりに周りの連中が見て来るから行かないわけいかなくて、仕方ないのでたむろってる前にしゃがみ込んだ。

「何?」
「紡、昔見たホラー映画覚えてない!?」
「昔見たホラー映画?」
「見たじゃん!2人で!」

黒板の前の教壇であぐらをかく悟がジェスチャー交じりで伝えようとしてくる、その周りで派手な奴らも悟を見てた。

「ほらあれだよ!この歌聞いたら終わりって学校が呪われてくあの~…」

こんなシーンがあったとかあんなシーンがあったとか、思い出せるところを説明するも肝心のタイトルが思い出せないらしい。
だから俺を呼んだっぽいけど、俺は…

「覚えてないか!?」

めっちゃくちゃ覚えてる、それ。ついでにいつ一緒に見たかも覚えてる。

「覚えてねぇーよ」

でも、覚えてない。

「あーっ、やっぱ紡も覚えてないか〜!小学生ん時だもんな〜!」

中学生な、中1の夏休みに悟ん家で見たんだよ。

「奥江が覚えないなら無理だな、悟の頭じゃ無理だもんなー」
「覚えてっからな!見たことは!」

上野が悟の肩をぽんっと叩いて、ははっと爽やかに笑った。派手な集団の中でも室長をやってる上野はさすがってくらい清々しい。

「まーったく覚えねぇんだよな〜…」

不貞腐れる悟はちょっと不満そうに口を曲げた。

「なぁ紡?」
「あ、あぁ…」

覚えてるけど覚えてない、正確には見たけど内容は覚えてないんじゃなくて知らない。だって見てないから。
悟が見たいって言うから一緒に見たけど、隣でずっと目をつぶって見ないようにしてたから。だから、見たことしか覚えてなくて。

「あーゆうのがやりたいと思ってんだよ!」
「え?」

不満そうだった口がわぁっと大きく開いて、なんとなく嫌な予感がした。

将士(まさし)としゃべっててあーゆうやつがやりたいって!」

ちなみに将士は上野のこと、だけどそれよりも目を輝かせる悟に胸騒ぎがして…

「やるならぜってぇーマジなのがいいだろ!」

え、めんどくさ…って顔をするのは我慢した。
どんな映画だったかはさっぱりわからないけど、悟がとにかく大掛かりなことをやりたいってのはわかった。ますますお化け役やりたくないんだけど。

「やっぱおもしれぇー文化祭にしたいよな!」
「……うん」

当たり障りなく愛想笑いで返した。
隅っこで佇んでるだけの影の薄いお化けとかねぇーかな、もしくは座ってるだけの地縛霊みたいな…

「紡、知ってるか?」

ぐっと悟が近付いた。右手で口を隠すようにして俺の耳にこそっと、小声なのに弾んだ声で言ってきた。

「文化祭のお化け屋敷ってカップル成功率No,1らしいぞ!」

……。
最後にニヤッと笑ってた、だからお化け屋敷のクオリティーに力入れてんのか。

「…悟も興味あったんだ」

さっきよりも胸が騒がしくなる気がした。急にドクンッと鈍い引っかかりを感じて。

「は、紡ねぇの?」
「え、いや…」
「健全な高校生男子みんなそうじゃね?」
「あ、うん…まぁ」

心臓がバクバク振動する。今こそ笑って、せめて愛想笑いで返さなきゃって…上手く笑えてたかわからないけど。

「やっぱイチャつくのにちょうどいいからな!」

きっとみんな浮足立ってる、文化祭って聞くだけでなんとなくそんな気持ちになって。考えることは同じ、ってことなんだろうな。


****


「つ、紡くん一緒に帰ろう!」
「…いいけど」

ホームルームが終わって帰ろうかとスクールバッグを肩に掛けたと同時に話しかけられた。俺が帰る前にって決めてたみたいに。
断る理由もないし、断ることも出来ないし、それに誘われるのはどんな理由だって…

「あ、あの…!お化け屋敷って誘ったあと何すればいいかな…!?」
「……。」

ほらこっちもな、みんな考えてること同じ過ぎる。文化祭におけるお化け屋敷ってそんなヒエラルキー高いのか?文化祭の定番だとは思ってたけど。

「…誘ったのか?」
「え!?それは全然、まだ…っ」
「ふーん…」

顔を赤らめる、想像しただけでそんな感じなのかと思って。
屋中も考えてるんだ、文化祭に期待しながら。
つきたくもないタメ息をつきながら下駄箱に向かう廊下を歩いた。窓が閉められた廊下は風通しが悪くて暑い、秋に入ったって言っても気温はまだまだ高くて。

「誘えるか、まだわかんないんだけど…」

尻つぼみに声の小さくなっていく屋中の隣を通り越して少しでも早く下駄箱へ向かおうと思った。
帰る間ずっとこんな話を聞かされるのかなって思いながら、じゃあ断ればよかったのにって…
それが出来たらこんなにモヤることもないんだけど。さっさと誘ってくれよ、そしたら俺も少しはラクになるから。

「たっ、例えなんだけど…手繋ぐとか、どうかな?」
「……。」
「順番合ってるかな?」
「…何の?」

全くピンと来なくてつい振り返ってしまった。屋中の話は取り留めがなくて。

「お化け屋敷って怖いじゃん!?だから手繋いだら安心出来るとか…あ、怖くてドキドキしたのを恋だって脳が勘違いしちゃうとかもあるらしいんだけど!」

たぶんそれは吊り橋効果ってやつ、よく聞くけど実際効果があるかは知らない。ただそれって…

「…意味なくないか?」
「え、意味ない…?」
「怖いの大好きだから、悟」

恐怖心がないと成り立たない、つまり悟相手じゃ意味ない。恐怖でドキドキしてるってのが大前提なんだから。

「あ、そっか!」

それに気付いた屋中が顔を赤くした。

「そうだよね、それは意味ないね…っ」

恥ずかしそうに前髪をいじって顔を隠す、ただでさえ長い前髪でよく見えないのにさらに俯いて。

「…ねぇ、紡くんは手繋いだことある?」
「ねぇよ」

ふいっと屋中に背を向けて歩き出した。下駄箱まであと少し、早く靴に履き替えて帰りたい。

「言っとくけど、俺にそんな経験ねぇーからな」

はぁっと息を吐いて、頭を掻く。
屋中が何を聞きたいか知らないけど、ほしい答えなんてきっと答えられない。知識も経験もないし、ただ見てるだけだったんだ。

「だから振り向かせる方法も何もっ」

でも断れなくて、そんな性分だから嫌になるくらい。

「でも紡くんなら悟くんのこと知ってるかなって思って!」

腕を掴まれてびっくりした、俺より屋中のが必死な顔してて。でもその顔に腑に落ちてしまった。
なんで俺にこんなことを言ってきたのかなんてわかってたはずだった、だから俺に声をかけたことわかってた…はずなのに、自分のことでいっぱいいっぱいだった。
それ以外ないのに、答えは。

「悟くんのこと…」
「……。」

悟のこと…
悟のこと?てゆーか悟は??
悟の気持ちなんて考えたことなかった、そんな話したこともないしあんまり聞きたいとも思ってなかったし。
悟がどう思ってるかなんて、俺は…

「紡!」

ちょうど下駄箱に着いた頃、廊下に響く声で呼び止められた。
屋中と一緒に振り返ると、悟と上野、他にもクラスの奴がいて。派手なメンバーだ、でもってこのメンバーはみんなお化け役をやる奴らっぽいんだけど何かあったのか…

「今からお化け屋敷行くんだけど紡たちも行かね!?」

は?

「やっぱイメージ膨らませるのに行っとかなきゃだろっ!!」

はぁぁ~~~~~!?


****


NOって言えない日本人ってよく聞くけど、曖昧な言葉を使ったり察して文化の日本ではそれさえも奥ゆかしいってされてるのかもしれない。
まぁ俺はただNOって言うのが苦手なだけなんだけど、言えないだけなんだけど…

「つ、紡くん…なんで断らなかったの?」
「……。」

そんなの自分が1番思ってる。悟にあぁ言われて、すっごい行きたくなかったけど愛想笑いで答えるしか出来なくてつくづく自分が嫌になる。

「…屋中は?」
「え?」
「屋中は断ればよかったのに」
「そ、そうだけど…っ」

あ、悟がいるから?それこそ悟に誘われたからか。
それは断れないよな、それは。

「1人1,800円よろしく~!」

上野の呼びかけにゾッとする、わざわざ金払って怖い思いする意味がわかんな過ぎて。
しかも地味に高いし、それだけクオリティーもいいのかって思わされるのも嫌だ。でも他の奴らは嬉しそうにお金を出してた。
ショッピングモールの一角にあるお化け屋敷は期間限定でこの時期だけ現れる、遊園地の中にあるアトラクションの1つじゃなくてしっかりちゃんとそこに作られる分より怖く感じる。ショッピングモールの中でひときわ異空間なのが怖さを増して、マジで最悪だし。

「よし、ジャンケンするか!」

そんでこんな時もっと最悪なことを言い出す奴がいて、あたりまえに悟なんだけど。
マジでお前、本当に…っ

「2人ずつな!あ、9人だから1人余るけどそれはそれで!」

それはそれでじゃねぇーよっ…って言えるはずもないから。
キャーと声を出す女子たちに、まんざらでもない男子が手を出した。
こうゆうのが楽しいのかもしれない、お化け屋敷って。キャーキャー言ってる女子を助けてあげるみたいな?そんな展開、だから文化祭のお化け屋敷も盛り上がるんだろうなぁ。

「「「「「最初はグー!ジャンケン…っ」」」」」

掛け声にとりあえず手を出した。別に誰とでもいいから誰となっても一緒だし、だけどあわよくば…なんて、思って。

「あ、オレ紡と?」
「……。」

チョキを出したら勝った、ちらっと隣を見たら目が合って。
てゆーか9人もいてジャンケンでペア決めって難しくない?どうやって分けんの?って思ったけど、2人だけ勝ったらそれはもうペア決定で決まってしまった。

「紡とお化け屋敷とか久しぶりじゃね!?あ、初めてだっけ!?」

チョキになった手が固まって戻らない、無意味にピースかましてるみたいになってる。
ひ、1人だったら入らず帰ろうかと思ってたのに…!


****


チケットを入り口で渡したらあとは中に入るだけ、入る前からBGMが聴覚を使って脅してくる。心臓が飛び出そうなくらいドキドキしてる。
たぶん吊り橋効果ってやつはないなって思った、勘違いするなんて可愛いもんじゃねぇから。

「紡、行くぞ~!」

山登りへ行くみたいなテンションで悟が真っ黒なカーテンをくぐり抜けて、その後ろを渋々、仕方ないから渋々ついて中に入った。
さ、寒い…!
まだまだ暑いって思ってたのに中に入った瞬間ひやっとして体が震える、でもこれはただ部屋の中が寒いってだけじゃなくてもう雰囲気が、この雰囲気が…っ

「あ、なんか始まった!」

サッと悟をガード代わりにして後ろに隠れた、真っ暗の中ボソボソと誰かが話し始めたから。
ナレーションみたいな、説明か?今から始まる最期の晩餐がなんとかって言って…
ついでにって、ちょっとした怖い話挟んでくるのもうテンション下がる!

「うぉーっ、めっちゃおもろじゃね!?結構リアル~!」

どこがおもしろいのかわからないけど悟はケラケラ笑ってた。あまりに通常運転で、昔もそうだったことを思い出したし。
どんだけ暗くても、どんだけ怖くても、どんだけやばそうな雰囲気でも、無邪気に笑ってるのが悟であの時もそうだったから。ずーっと楽しそうにして、その隣で震えてる俺のことなんかちっとも気付かないで…
悟にとって俺はそんなもんなんだろうなって思う、幼馴染だからまぁなんとなく?成り立ってる関係ってやつで。
ぐんぐん進んでいく悟の背中を追いかけて、置いてかれないようになるべく足元を見て回りは見ないようにして…
てかこれどんだけあんの!?長くない!?

「ひっ」

物音がするたびビクッてなって、なるべく声を出さないように口を塞いだ。

「…っ」

やばい、心臓がうざい。

「ひゃ…っ」

バクバクうるさ過ぎてうぜぇ…!

「~…っ!」

口を塞いだけど声にも出てない、怖過ぎて。

「すっげぇーおもれ~~~!」

なんでこれで笑ってんだよ!?意味わかんねぇーよ!マジでもう…っ

「あ、紡!次こっちだって早く!」

先を進んでいく悟が振り返る、一緒に扉を開けないと進めないらしい。
ずびっと鼻をすすった。きちっと顔を整えて重たい足を動かす、その先へ一歩、行こうとした時ぬんっと遮るように血まみれの女が…

「ぎゃぁぁぁぁーーーー…っ」

あ、やば…っ!
ずっと気を付けてたのに、平気なフリしてことを済まそうと思ってたのに…っ

「…っ」

お化け屋敷どころかショッピングモール中に響き渡ったと思った。我慢してた声が全部開放されて、自分の声とは思えない地鳴りのような低い声がそれはそれもう…
マジでありえない、ありえな過ぎる!
やっぱ来なきゃよかった、自分が本当に嫌になっ

「紡!?」

その場にしゃがみ込んだ俺の前に悟が駆け寄ってきた。俯く俺をのぞき込むから、ぱちっと目が合った。

「え、泣いてる?」
「!?」

い、言うかそれ…っ
あわてて目をこすった、さすがにこの暗さじゃ赤くなった顔はわからないだろうけど恥ずかしくて。
怖くて泣いてるとか、恥ずかしい…っ

「紡ってこーゆうの苦手だったっけ?」
「……。」

暗いけどこの距離だとわかってしまう、悟がぽかんとしてる顔が。その顔につい目を細めたくなった。

「え、好きじゃなかったか!?」

悟の好きなものは漫画にアニメ、ゲームもスポーツも好きで。ホラー映画はもちろん、意外と恋愛ドラマだって好きだし流行ってるものは片っ端から試したいタイプだ。

「だって一緒に映画も見たじゃん、あの呪われた歌のっ」
「嫌いだよ」
「は?」

だけどこんなの知りたくて知ったわけじゃなくて子供の頃から一緒にいるから知ってるだけ、でも悟は俺のことなんか全く知らないから。

「ずーっと嫌いだよ!」

それにいつも振り回されっぱなしなんだ。

「悟に付き合わされて見てたんだよ!」

はぁはぁと息をしながら立ち上がった。
なんだか無性に腹が立って、やたら心臓が刺激されるこの暗闇にも、そこら中に隠された仕掛けにも、何もわかってない悟にも。だからつい怒鳴ってしまった。
たぶん初めてだった、悟にこんなことを言うのは。

「なんだよ、それ…」

ゆらりと悟が立ち上がる、じぃっと俺を見るから緊張感が走って。

「それは言えよっ!」

カーンと響く大きな声にビクッとして、キリッと吊り上がった眉に後退ってしまった。
やばい、余計なこと言っちゃった。
しかもここで、お化け屋敷の中で…絶対まずった!

「いいよって言うから紡も好きなんだと思うだろ!?」
「そ、それは…っ」
「じゃあその時言えよ!嫌いだって知ってたらオレだって誘わねぇーよ!」
「…っ」
「今言うなよ!!」

結局言えない自分が悪いこと、わかってる。わかってるんだけど…あの時だって今だって、自分のせいなんだって。
きゅっと手に力を入れて握りしめる、言いたいのに何も出て来ない自分に失望して俺に出来るのはこれくらいなんだ。
今だってただ下を見ることしか出来ないんだ。

「……。」
「…。」
「……。」

やばい、黙ったら急にBGMがよく聞こえるんだけど。
悟も何も言わねぇし、この状況どうしよ…
とりあえず進むしかないんだけど、進む勇気もねぇ…っ!
あぁぁ~~っ、絶対タイミング間違えた!
ここで言うことじゃなかった~…っ

内心おろおろする俺を前に悟がはぁっと息を吐いた。
その息が重くて、さらに心臓が…ドッドッと鳴ってる、破裂とかしないかな?さすがにそれはしねぇよな。
悟がゆっくり口を開くから、心臓が打ち付けられたみたいに鳴り響いて…

「しょがねぇなぁ、手繋ぐか?」
「……え?」

騒がしかった心臓が一瞬止まったかと思った。瞬きさえも出来なかった、理解出来なくて。

「えっと~…え?」
「だーかーらー!怖いなら手繋ぐかって言ってんだよ!」
「なんで!?」
「紡が怖いの苦手って言うからだろ!」
「え!?」

そ、そうなるのか!?そうなのか!?
そんなほらっと言わんばかりに手を出されても…っ

「早く行くぞ」
「…っ」

目の前に差し出された悟の手に、迷いながらを手を出した少しだけ。正確には、出しかけたって感じの。

「紡」

…マジで?合ってる??
いやいや、でもこれはさすがに…怖いけど、そりゃ怖いけど!
断ってもいいよな?NOと言えない俺でもこれはさすがにこれは、だって…っ

“例えばなんたけど…手繋ぐ、とかどうかな?”

そんなこと出来るわけないー…

「紡くん、大丈夫!?」

下ろしていた方の手がぎゅっと熱くなった、力のこもった手に包まれて。ドクンッとまた鼓動が聞こえ始める。

「大丈夫…?」

ぎゅーっと両手で握られてた。
振り返れば泣きそうな顔で俺を見つめる屋中がいて。  

「なんで…」
「紡くんの声が聞こえたから!それでっ、あの…っ!」

俺の声を聞いて…?
あ、叫び声!?引くぐらい叫んじゃったもんな、当然のごとくみんなにもバレてるとは思うし顔合わせずらい。
だから屋中にも見られたくなかったのにこんな顔、それなのに…

「苦手でしょ、紡くん」

ドキドキ、して。
繋がれた手が優しかったから、別のドキドキに満たされる気がした。
“お化け屋敷って怖いじゃん!?だから手繋いだら安心出来るとか…”

「ぼっ、僕も苦手だけど…!」
「いたっ、いたたたたっ」

ぎゅーっとめいっぱい力が入った。
ほわんとしてる屋中なのに案外力あるのかそれとも怖さのあまりかわかんないけど…指が曲がる!それ以上握られたら指が!

「真斗!お前何してんの?」
「悟くん…!」

湿った声の屋中に悟がまたぽかんとしてた。
俺も必死だったけど屋中も必死で、ここまで走って来たのかと思うと…あれ、でも屋中だけ?

「てかなんで1人?ペア決めしたことね?」
「僕、ひっ1人で…っ」

あ、ジャンケン…!
最後まで残ったの屋中だったのか、俺だったら帰るか入ったフリするのに律儀にちゃんと入ってたんだ。

「え、もしかして真斗も嫌い?」
「き、嫌いだし初めて入った…かも」
「マジかよ!言えよ、それは最初に言えって!!」

…、それはおっしゃる通りで。暗闇の中、正論で怒られた。
てかマジでそろそろ行かないと、後ろから追いつかれるんじゃねぇの?俺らが最初に入ったから、後ろ詰まるよなこれじゃ。
でも行けるのか?ここからまた、それにずっと屋中に握られた手が熱くて…

「しょーがねぇな~、リタイアするか!」
「「え?」」

お化け屋敷に来たことのない俺は、ついでに屋中も、リタイア出来るって知らなかった。でもよくよく見れば説明書きにも書いてあった、焦り過ぎて見てなかっただけで。

「紡くん、大丈夫だった?」
「あ、あぁ」
「悟くん大丈夫だったかな、怒ってないかな…?」
「…たぶん」

途中にある緊急出口って扉から外に出て他の奴らが戻って来るのを待ってたら、案外途中リタイアした奴は多かった。1,800円クオリティー凄過ぎるんだよ、これだけリタイアしてたら逆に安いだろ。

「悟はさっぱりした奴だから引きずらねぇよ」

その時はワッて言うけど次の日にはケロッとしてるような奴だから、あれも一瞬だけで今はもうキャッキャ笑ってるし。…ってフォローのつもりで言ったんだけど。

「…そっか」

そんな寂しそうな顔されたらきつい。今のはそうじゃない、別に俺が悟マウントを取ったとかそうゆうのじゃ…ないんだけどな。


****


全員お化け屋敷から出て来たことを確認してショッピングモールから出る、日が暮れ始めて少し暗くなってた。ばいばいと手を振ったらそれぞれ帰り道に向かって分かれて歩き出した。
これもあたりまえなんだけど幼馴染だからもちろん帰る方向が一緒なんだ、悟と。

「紡!もう帰る〜?」
「あ、あぁ…っ」

隣からの視線にハッとする、あたかも普通に悟と帰ろうとしてたけど妙に気まずくて。
屋中の家ってどこなんだ?いつも途中まで一緒には帰ってるけど、どこかは知らない…

「悟!俺本屋寄って帰るから先帰ってて!」

先手必勝で答えた、呼びかけついでにトンッと屋中の背中を押して。

「途中まで屋中と一緒だと思うから!」

そのまま後ろを向いて、ちょっと遠回りして帰ろうかと思って。
これはさっきのお礼、助けてもらったその代わりに。

「え、紡くん…!?」

俺が屋中に出来ることはこれくらいだ。
最初からどうしたいとか思ってないから、ただ見てるだけでよかったんだから。繋いだ手にドキドキしたこの気持ちだけでいい。
好きな本でも買って帰ろう、ちょっとだけ自分を甘やかして。

少し胸が痛むけど、屋中が喜んでくれるならそれでー…

「紡くん待って!」

だから…っ!
なんで追いかけて来るんだよ、お前が行くのはこっちじゃなくてそっちだよ。嫌にでも足が止まっちゃうじゃないかよ。

「紡くん、あの…」

背中に呼びかけられる声にきゅっと胸が苦しくなって、心の奥ではトクンッと声を出して。
だけど諦めたわけじゃない、最初から決めてたんだ。少しの期待もしてないんだよ。

「俺は邪魔する気はないから」

ずっと叶えばいいのにって思ってた、屋中の気持ちが。

「だから安心しろよ」

それをただ見守るだけで、そんな恋でよかったんだよ。
見ているだけで、よかったのに。

「邪魔なんて思ってないよっ!」

陽が落ち始めた空は一気に暗くなる、駅とは反対方向に走って来たから人通りもあまりなくて。
邪魔じゃないのか、じゃあそれでもいいや。それだけでもどこか報われた気持ちになるからそれで…

「僕は紡くんと仲良くなりたい!」

たまに屋中は突拍子もないことを言い出すが、そのたびに反応に困る。
マジで何言ってんの?いや、仮にもお前の好きな奴を好きな奴なんだぜ?
違うけど、実際は違うけど、そんな奴にそれ言うか?
思わず振り返っちゃって、何言い出すんだと思ったらつい顔を見てしまった。

「と、友達になりたくて紡くんと…っ」

かぁーっとなぜか屋中が顔を赤らめた。前髪をいじって、これは恥ずかしい時に屋中がする仕草だ。

「だから紡くんも我慢しないでほしい」

別に我慢を、してるわけじゃないけど。それがいいって思ってるだけで。

「僕は紡くんと友達になりたくて!でもこれは僕の勝手な気持ちだから、もし紡くんが迷惑に思うなら…っ」

手を下した屋中が真っ直ぐこっちを見た。その瞬間、ひゅーっと風が吹いて屋中の前髪が揺れてはっきりと目が合ってしまった。

「僕のこと利用してくれていいから」

くりっとしたどんぐりのような丸い瞳が訴えるみたいに。
本当にそんなこと思ってんのか?本当に利用しても…いいのか?