僕らの好きな人を、振り向かせる方法。

これはバレたんだなって思った。

「ねぇ(つむぐ)くんって好きな人いるよね?」

奥江紡(おくえつむぐ)、高校2年。
弁当を食べた後、さっき買ったパックのいちごミルクのストローに口をつけた時だった。

「いつも見てるよね?」

ごくんっとひとくち、飲んだいちごミルクを吐くかと思った。
ガヤガヤと騒がしい昼休み、席に座る俺の隣に立ってふっと笑って見下ろしくる。
こいつは屋中真斗(やなかまなと)、2年になって同じクラスになった奴だ。やたら白い肌に、薄い唇、くりんっとしたどんぐり目は真っ黒な髪が邪魔してよく見えないけど。

「僕、気付いちゃったんだ」

ドキドキしてた、ものすごく。
大人しい奴だと思ってたのにそんなにハッキリ言われると思ってなくて、震えそうになるいちごミルクを持つ手を必死に抑えた。

「…なんで?」

バレるとは思わなくて、バレてると思わなくて。

「あ、別にそれがどうとかじゃないんだけど!そうじゃなくて…っ」

ふいっと視線を変えた、前を向くように。
黒板の前ではしゃぐ奴らの方をじっと見るから、つられて見てしまった。

「僕もいるから」

知ってる。
そのはしゃぐ真ん中にいる奴を、見てること知ってた。
そいつを眺めながらごくんっとふたくちめのいちごミルクを飲んだ。

めちゃくちゃ明るくていつでも話題の中心にいて、誰にでも大きな声で話しかけて、たぶん嫌いな奴なんていないんじゃないかなって思う。
それが俺の幼馴染、前原悟(まえばらさとる)って奴で。

あいつのことが好きなこと、気付いてた。見てたから、俺も。

「ねぇ、好きな人とどうしたら話せるんだろう?」
「は?」

何を言い出すんだって顔をしかめて隣を見上げたら目が合った。
そんなマジな目で見てくるなよ、反応に困るだろうが。

「紡くんにお願いがあるんだけど」

俺たちの関係は悟の友達と友達、悟がいるからたまーに一緒にいる。話したことがあると言えばあるけど毎日話題があるわけでもない、だから今が1番話してる。

ドキドキと心臓の音が大きくなって、その続きを聞くのが少し怖くてー…

「好きな人を振り向かせる方法、一緒に探してくれない?」

は?なんだそれ、何言い出すだ。
どうして俺がそんなことをしなきゃいけないんだよ。意味がわかんねぇーよ。
だけど…、一瞬出そうになった声を押し殺して飲み込んだ。
俺はNOが言えないんだ、例え嫌でも。

「…いいけど」


****


たぶん血迷った、絶対血迷った。
どう考えても引き受けるべきじゃなかった…!

「つ、紡くんは…っ」

初めて屋中と2人で弁当を食べる、教室の隅っこ1個の机に向き合って。俺の前にこっちを向いて座る屋中は弁当の蓋も開けないで膝の上に手を置いてまごまごしてる。
なんでお前がそんな顔してんだよ、泣きたいのはこっちなんだよ。

「あの…」
「…。」
「……。」
「…。」

めちゃくちゃ地獄なんだけど!
言いたいことがあるなら言ってくれ、早く言ってくれ!
じゃないと俺のメンタルが持たねぇよっ

「……。」

やばい、マジで間が持つ気がしない。ここは1回、とりあえず弁当を食おう。
玉子焼きを箸で掴んで口に運ぶ、全然食欲湧かねぇけどずっとこうしてるのもきついしだから…

「どうしたら好きな人と話せるかな?」

それ俺に聞く?口に運ぶ前に玉子焼き落としちゃったじゃねぇーかよ。
そんな曇りのない目で見ないでほしい。

「あ、あの…悟くんと紡くんは幼馴染、なんだよね?」
「そうだけど」
「あ、じゃあ別によく話したりしてるか…してるよね!?」
「…まぁ、普通には」

落とした玉子焼きを拾って口に入れた、ちょっとくらいセーフだセーフ。机の上だし。

「…だよね」

もぐもぐと口を動かす俺の前でわかりやすく肩を落として、どこを見てるのかわからない視線でふぅっと息を吐いた。
そんな顔されてどうしたらいいかわかんねぇし、ただ事実を言っただけで。

「紡くんはどんな話するの?」
「え?」
「好きな人と!」
「はぁ!?」

やば、でかい声出しちゃった。面と向かって言ってくるからつい反応して。

「紡くんはっ」
「屋中!あの、その~…好きな人って言うのやめてくんない?」

恥ずかしい、すっげぇー恥ずかしい。
屋中だけに聞こえるように小声でこそっと、してるのもめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。

「え?…あ、ごめん!」

うーんっと上を向いて考える素振りを見せる。
未だ弁当の蓋を開けようとしないし、このまま昼休み終える気かよ。

「えっと、じゃあ…彼、と?」
「……。」

いや、それも気まずいだろ!って思ったけどもう考えることをやめた。
まずは自分を殺すことだ、自分の気持ちを押し殺して無にするんだ。目を細めるな俺、悟られるな。

「紡くんならどうする?何を話すの?」
「何って…」

好きな奴との会話を?何話すかって?
そんなの俺に聞かれてもなんだけど…つまりは屋中が悟と話したい、その話題ってことだろ?
じゃあ悟の好きなものの話とか興味あるものの話とか、そうゆうのかなって思うけど。

「共通の話題とかじゃないか?無難に」

わかりやすく言えばこれかと。

「共通の話題…」
「なんかあるだろ、1つくらい」
「…同じ学校?」
「……。」

真剣に答えるから、これはマジなんだなと思った。せめてボケのがよかったかも、てゆーか早く弁当の蓋開けろ。

「なんかもっと他に、漫画とかアニメとか!あとはゲーム!はRPGが好きで…っ」

この間が怖くて俺の方が話しちゃったし。悟の好きなものをテキトーに並べて、でも言っといてふと思った。

「てゆーか屋中も知ってるんじゃないの?悟と仲いいじゃん」

これくらい知ってるんじゃないかって。
悟はよく喋るし、こっちが喋らなくてもずっと喋ってるような奴だし。

「そうでもないよ、紡くんが思ってるほど仲良くないから」

…別に、そうゆうつもりで言ったんじゃないけど。
このタイミングで弁当の蓋開けるんだなって思っちゃって。

「悟くんは誰にでも話しかけてくれるから、僕にも話しかけてくれるだけだよ」

いただきます、と手を合わせて箸を持つ。箸の使い方がキレイで丁寧にトマトをすくった。

「だから僕は知らないことばっかだよ、紡くんと違って」

少しだけ微笑んで、その顔に俺までもがきゅーっと心臓を掴まれたみたいな気持ちになった。

「だから知りたいんだよね」

箸を戻して食べ終わった弁当の蓋を閉める、このまま全部を閉じ込められないかなって思ったりして。
この迫ってくるような感情を、俺は知りたくないんだけど。屋中にバレたのきつ過ぎる。

「紡、またいちごミルク飲んでるのか~!」

食後のいちごミルクを手に取ったところで今までの会話を掻っ攫うように入ってきた。ドキッと無駄に心臓に響いていちごミルクが手から滑り落ちるかと思った。

「…悟」

声もでかいが、身長もそこそこでかい。俺より10センチ以上高くて、座ってたらかなり見上げないといけない。
屋中も同じように見上げてた、たぶん屋中と俺は同じぐらいだ。

「紡しょっちゅうそれ飲んでね?」
「まぁ、…」

誤魔化すようにいちごミルクのパックにストローを刺した、そう言われて答え方に迷って。

「オレがあげてからいつも飲んでるよな〜」

トンッと指をさされたからついその人差し指を見て…悟相手だとうまく話せない、時がある。嫌なんだけど、すごく。
だからそのままストローをくわえた。

「なぁなぁ!次の授業で文化祭の模擬店決めるらしーぞ!」

半袖から長袖に変わる頃、そろそろ文化祭の季節だ。悟がどこかしらから持ってきたイスにまたがるように座った。

「何やりたい!?オレはお化け屋敷がいいんだけど!」

たぶん最初から聞く気なんかなかったな、それは。
そんでずっと一緒にいるからわかる、こんな時何を求めてるのかって。

「いんじゃない?」
「じゃあ多数決になったら手上げてくれよ!」

さらに前のめりになって俺を見て、屋中を見る。

「真斗も!」

大きく目を開いて、ちょっと圧が強いのが気になるけど。

「うん、わかった」

にこっと屋中が返したら、ニカッと大きく口を開いて笑ってた。だから俺もうんって、いちごミルクを飲みながら頷いた。
特にやりたいものもないし、話し合いも早く終わりそうだし。
ちゅーっといちごミルクを…え、気まずい。
なんか気まずくないか、この状況…!?
いちごミルクが全然喉を通っていかないんだけど!
こ、ここは無理やり飲み込んで空になったパックを捨てるフリして離れるか…と思って勢いよくちゅーっといちごミルクをストローで吸い込もうとした時、屋中がまだ半分以上残ってた弁当の蓋を閉めた。

「僕、先生に呼ばれてるんだった」

そう言って立ち上がって…いや、お前が席外すのかよ!
じゃあっと教室から出て行った屋中の背中を見ながら、結局飲みきれなかったいちごミルクをゆーっくりストローで吸うことしか出来なくて。

「……。」

これはこれで逆に気まずいんだけど?これは…

「真斗と何話してたんだよ?」
「え?」
「2人でいるのとか珍しくね?」
「あ〜…いや、まぁ…」

お前の話だよ、なんて言えるわけなくこの気まずさを感じ取られないよう話を変えることにした。

「悟は…屋中と1年の時同じクラスだったんだよな?」
「そーだけど」

よく聞いてたし、悟が屋中の話をするのは。だからたぶん、悪くはないと思ってて。

「仲…良かったよな?」

様子を伺うようにそろーっと、なぜか無駄にドキドキしてた。

「いいよ、普通に」

普通とは?その言い方はまぁ微妙だ。

「真斗おもしろい奴だしな!」

言っても、悟は誰とでも仲良くなるのが得意だから。何も考えず誰にでも話しかけられて、そうゆうとこはマジですごい。

「真斗はオレの知らない人種すぎるんだよな~」
「まぁ悟とは正反対っぽいけど」
「だろ!?そこがおもしれぇーんだよな~!」
「ふーん…」


****


「じゃあ2年1組はお化け屋敷ってことでいいですか~??」

室長の上野(うえの)が呼びかけて、副室長の山下(やました)さんがノートにメモを取る。
とくに揉めることなく文化祭の模擬店が決まった、いくつか案は出てたけど圧倒的多数で票を得たから。
悟だな、これは。みんなに言ってたんだろうな。

「じゃあ次の時、係決めするんで何やりたいか考えといてくださーい!」

なるべく楽なやつにしよ、お化けとか派手なやつは悟に任せて表に出ない出来たら裏方のダンボール組み立てるとか…

「つ、紡くん!一緒に帰らない…!?」

なんて考えながら帰ろうかなって下駄箱に向かったら俺に気付いた屋中がこっちを向いた。
待ち伏せしてた?なんかそんな感じで。

「…え、2人で?」

つい言っちゃったし。たぶんこの返し方もあれだったけど、マジでどうゆうつもりで誘ってくるんだろうと思ったら。

「うん!…あ、ダメ!?」

ハッとした顔をして、なんでお前の方が驚くんだよと思ったけど…誘ってくる理由なんて1つしかないか。
俺から聞きたいことがあるってことだろ?

「…いいけど」

断れねぇーし、どうせ。
帰るだけだし、学校の外に出たら誰に見られるわけでも…いや、いいんだけど誰に見られたって。

「悟くんってお化け屋敷好きなの?」

校門を出て開口一番切り出した、きっとそれが聞きたかったんだろうなってなんとなくわかってた。

「好きだな、昔からそうゆうの大好き」

だからさっさと教えてやろうと思って、隠すことでもない。
制服のズボンのポケットに手を突っ込みながらふぅっと息を吐いて、スタスタと屋中を追い越す勢いで歩いた。
情報は渡したから、もうこれで用済みだろ?“共通の話題”ってやつに使ってくれたらいい、あとはテキトーにホラー映画でも見とけば…

「じゃあ紡くんは?」
「え?」

小走りで俺に追いついてきた。隣に並んでこっちを見たからつい見てしまって、身長が同じくらいの屋中とは目が合いやすくて困る。

「紡くんはお化け屋敷好き?」
「いや、なんで俺…」

ぐいっと一歩近寄って来る屋中からのけ反るように離れた。でもたぶん顔に出てた。

「あ、苦手なんだ!」

パンッと手を叩いて目を開いた。
その表情はどこか嬉しそうでちょっとイラッとした。
なんだよ、その顔は!なんで喜ぶ!?それは…っ

「笑ってんな!?」

笑われてる、そう思ったらぼんっと顔が熱くなって急に恥ずかしくなった。
これこそ隠してたわけじゃないけど、こんな風に知られると…っ

「あ、違う!違くて!」

開いた両手を前に出して、ぶんぶんと首を左右に振る。必死に聞いてほしそうに目で訴えてきた。

「僕と一緒だなって思って!僕も…苦手なんだよねお化け屋敷とか怖いやつ」

…そっちも顔を赤くされると、どうしたらいいかわかんなくなるんだけど。
2人して何してんだってなるだろ。
だけどふふっと恥ずかしそうに笑うと視線を落として今度は寂し気に笑ったから。

「お化け屋敷が好きな悟くんと入ったら怖くないかもね」

どこを見てるのかわからない瞳で、どこも見てないのかもしれないけど。
…そんなこと言われて、もっとどうしたらいいかわかんねぇーよ。

「じゃあ誘えばいいんじゃねぇの?」

はぁっと重いタメ息が勝手に漏れる。こんなこと別に言いたいわけじゃないけど、他に思い付かなくて。

「悟は好きなんだから嫌とか言わないだろ」

また前を向いて歩き出した。
これで話が終わればいいんだ、俺には関係ないんだし屋中が悟を誘ったとしてもそれは…

「でもそれってすっごいハードル高くない!?」 

後ろからワンオクターブ高い声で返って来た。
知らん、そんなことは知らん。そこに食いついてくるな、転びそうになったじゃねぇーかよ。

「どうやって誘えばいいんだろう?」

とりあえず歩いた、振り向くこともしないで細くなる目は止められなかったけどなるべく心を無にして。

「誘い方難しい…」
「……。」
「言えるかな、一緒にとか…」
「…。」

その後ろを屋中がブツブツ言いながらついてくる。

「緊張して言えないよね、きっと」
「……。」

まだこの話は続くのか?もう言うことなんかないぞ。
だけどあと少しだから、あの曲がり角を曲がれば…

「紡くんは言える?」

ピタッと足が止まった。その問いかけに体が一瞬動かなくなって、少しだけ目を伏せた。
背中に呼びかけられた声がスッと刺さるみたいに思えて。
だからゆっくり振り返った、屋中の目を見るように。

「言うつもりない」

俺にこんなこと言わせてどうするわけ?

「だから安心しろよ」

それを聞いてお前はどうすんの?


****


俺は一体何を言ってるんだ?
何を言ったんだ?
なんでっ、なんであんなこと言っちゃったんだろー…

「絶対言わなくてよかった…!」

昨日の一件を思い出して早々に頭を抱えることになった。
気まず過ぎる、ただでさえ気まずかったのにまた空気がよどむ…教室の居心地が悪過ぎて放課のたびに廊下に出てはテキトーにその辺フラフラしてた。
屋中と目を合わすのが怖くて、屋中の顔を見るのが…
言う必要なかったことない?わざわざ屋中に言わなくたって…っ

「奥江!」

居づらい教室から逃れようと廊下に出るとこんな弊害がある。名前を呼ばれた瞬間、しまったと思った。

「ちょっと頼みたいことあるんだけど、いいか?」

だけどそんなのお構いなしの担任、矢野(やの)先生がこっちこっちと手招きをしたから。
これは絶対一歩近付いたら終わりとわかっていながらも“はい”としか言えなくて呼ばれた憩いの教室の中へ入った。
憩いの教室は2年1組の教室の、廊下を挟んだ隣にある教室で何をする場所かと言えば…先生に勉強を見てもらったり相談したり、その他休めるソファーもある名前の通り憩いのスペースで。
そんなとこに呼ばれて何が…

「ホワイトボード消しておいてくれないか」

どんっと効果音でも付くんじゃないかってぐらいぎっしり数式の書かれたホワイトボードを前にイレーザーを手渡された。

「先生ちょっと呼ばれてて行かなきゃなんだよ!」

目の前に出されたから条件反射で受け取っちゃったのがよくなかった。

「あと頼むな!ありがとう奥江!」

だけど、パンッと手を合わせたかと思えば隙を与えない間で畳み掛けてくるから何も返すことが出来なかった。完全に勢いに負けた。
ここへ来てまだ一言も発してないのに気付けば1人取り残されて、憩いの教室はしーんとしてた。

……え?これって普通教えてもらった生徒が消すやつじゃなくて?なんで俺が…

「……。」

この場合、俺じゃなくてもNOって言える奴はいるんだろうか?
このままぎっしり埋まったホワイトボードを置いて…なんて考えてる時間のがもったいないと思って手を伸ばした。
上から順番にイレーザーを動かして消していく、早くしないと放課も終わる。その辺フラついてるんじゃなかったな、教室にいるよりめんどくさいことになった。
てゆーかこれ全然消えねぇーしっ!

「真っ黒じゃねぇーか…」

イレーザーを確認したら白い部分が1ミリも見えないぐらい真っ黒に染まってて、そら消えるわけねーだろこんなの。
え、これどうすんの?雑巾とか?で消えるっけ、ホワイトボードって…

「紡!」

立ち尽くしてた俺を呼ぶ声に振り返る。

「何してんだ?」
「悟…」

ドアのとこに立ってた、首をかしげてきょとんとした顔で俺を見て。

「あっ、あ〜…先生に頼まれてホワイトボード消そうと思ったんだけどイレーザー真っ黒で」

ほらっと黒くなったところを見せた。どうしようかと眉間にしわを寄せた俺に悟がニッと笑って教室の中へ入ってきた。
なんだ?と思って悟の方を見ていると、しゃがみ込んで隅っこにある棚を勢いよくガラッと開けた。

「新しいやつここにあんだよ!」

ニヤッと悪い顔をして。

「…いいのかよ、勝手に」
「わかんねぇーって」
「それはわかるだろ」

さくっと新しいイレーザーを取り出して、ふふんっと鼻歌交じりで俺の横に立った。めいっぱい手を伸ばして豪快に消していく、俺よりリーチの長い手は力も強くて。

「…さんきゅ」
「いーってことよ!どーせ頼まれたんだろ?」

……。
全部見透かされてる、きっとお人好しで断れないと思われてる。それだってあながち間違いじゃないんだけど。

「あ、オレ紡探してたんだ!」

ぱっと目を大きくしてこっちを見た。

「紡に言いたいことあって」
「え、俺に…?」

だけどその瞬間イレーザーを持った悟の手がホワイトボードの上で引っかかってキュッと高い音を出した。
滑った手からイレーザーが床に落ちて…

「「!」」

咄嗟に手を出した、俺も悟も。だからお互い手が重なって。

「あっぶね~!」

ギリギリのとこでイレーザーは床に落ちなかった。
プラスチック製のイレーザーは落としたら割れそうな気がしてちょっと焦ったし。
そんなことより、この手が気になって。ガチッとイレーザーを掴んでるから、俺の手までガチッと掴まれてしゃがみ込んだまま動くに動けない。

「あっぶなかったな~!ナイスキャッチじゃん!!」
「あ、あぁ…」

わーっと目を大きくした悟はギリギリでキャッチ出来たことに興奮してたから。
まず手を、この手を、俺の方見なくていいから手を離し…っ

「なぁ文化祭の係一緒にやらね?」

しゃがんだせいで悟と目線の位置が同じだった。手を掴まれたままじっと見られて、今度は俺の方が目を大きく開いちゃって。

「って言いに来たんだけど」

ドクンッ、と脈を打つ。
この答えは決まってて、口を開いた瞬間決まってるんだよ。
だって俺は…

ーガタッ

ドアの方からした鈍い音が聞こえた。つられるように視線を向ける、見られてる瞳にハッして。

「屋中…!」

誰に見られたって別によかった、ただのハプニングでただ文化祭の話をしてただけで。それだけで、焦る必要なんかないのに。
でも屋中だったから、屋中にだけは見られたくなかったから。

「待って!」

それを察してか走り出した屋中を、すぐに立ち上がって追いかけた。悟から手を振り払って、カランっと転がっていくイレーザーにも目もくれないで。

「屋中!」

廊下を走っていく屋中の背中を追いかけた。
手を伸ばした、駆けて行く屋中の腕を掴みたくて。ぎゅっと腕を掴んで引き留める。

「屋中…っ」

はぁはぁと息をする、普段こんなに走ることもないからたったこの距離でも息が上がった。それでも息を整える間もなく声を出した。

「違う!あれは別に…!あれは…っ」
「え、何が?」
「だから…っ」

屋中と目を合わせた。ぐいっと引っ張ったせいで思ったよりも距離が近くて。

「…っ」

何を言うつもりだったんだろう?
俺は何が言いたかったんだろう?
言うことなんかないのに、でも何か言わなきゃって思って胸に押し寄せるから…っ

「紡くん」

ずっと見てた。
いつも目で追ってた。
気付かれないはずなんかなくて、だからバレた時どうしようって思ったけどそれとは裏腹にドキドキしてた。
話しかけられたことにドキドキして、今だってこんなに胸が張り裂けそうで。
“どうやって誘えばいいんだろう?”

「誘ってもらえてよかったね」

だからこんなつもりじゃー…

「好きな人に」

え?なんだって??
声を出すのも忘れた。熱を帯びかけた瞳がサーッと冷めていくのを感じて、大きく目を見開いた。

「す、好きな人って…?」
「あ、ごめん!好きな人って言わないでって言われてたのに」
「そこじゃない!そこじゃなくて…っ」

腕を掴んだ手が力を失くしていく、握っていることも出来なくて。

「好きな人って…誰?」

上手く動かせない口をパクパクして、急に空気が薄くなったのかと思うくらい。

バレたんだと思った。
これは絶対気付かれたんだと思った。
俺の好きな人、それはー…

「悟くん」

マジで言ってんの?それマジで…は???

「でしょ?紡くんの好きな人」

あんぐり開いた口が塞がらない。
空気が薄いどころじゃない、たぶんない空気ない。
酸素足りない…っ!

「違う!俺はっ」

俺の好きな人はー…っ

「紡どーした?」

後を追いかけてきたのは俺だけじゃなくてその後ろを悟もついてきていた。全然涼しい顔で息ひとつ上がってなかったけど。

「真斗も、どうかしたか?」

ぱっと屋中から手を離した。
やばい、忘れてた。目の前のことに必死で悟のことすっかり忘れてた。

「あ、いや…っ」

何もわかってない悟はあたりまえに、屋中だってきょとんっとしてる。2人が俺を見てくるからドクンドクン打ち付けられるような心臓の音に飲み込まれそうになって。
てゆーか俺は今何を言おうとした?ここで、この状況で何を…!?

「紡?」

ごくんっと押し込んだ、無理矢理に。

「あ、えっと…あの係だっけ?」
「あー、そうそう!一緒にやらね?」

わかってんだよ、自分のことだから。こんな状況でも何でも、それが嫌だったとしてもNOって言えないことわかってる。
だから息を無理に押し込むしかなくて、静かに息を吸った。

「い、いいけど…」

おそるおそる声を出して、ちらっと悟の方を見てもう一度息を吸う。
自分でもどうしてそんなこと言ったのかわからないけど、たぶん何か言わなきゃって思ったから。
じっと見られた視線に耐えられなくて自ら飛び込んでしまった。

「屋中も一緒にいい?」

混沌とした、この渦の中に。