リーゼロッテと内緒の箱庭

「あの頃、レギナルトの他にもわたしの家庭教師になろうとする者はたくさんいたんだ。男性だけじゃなく、女性も。何人いたのかはもう覚えてないが、そういう面会者らと会うたびにうんざりしてたんだ。わたしみたいな、やっと十歳を超えたばかりの子供に、みんな、恭しい態度で……それはもちろん間違った応対ではないのは分かってるが」

 貴族としては正しい対応なのは間違いなかったろう。「家庭教師」として伯爵家に雇われようとするのなら、なおさらだ。
 リーゼロッテお嬢様は、こちらに向き直った。眉間にあるのは、苦々しさだろうか。表情は硬い。
 やっと十三歳になったばかりの「少女」の表情とは言い難かった。それに物言いも、いつものことだが大人びている。実のところその口調も「惜しい」と囁かれる原因になっていた。大人びた、というより「生意気」と感じる者が多いのだろう。
 幸い、中傷めいた悪評は立っていない。王宮でのエックホーフ家の影響力が大きいためだ。表立ってエックホーフ家三女を悪くいう者はいないし、あくまで「ちょっと惜しいな」という程度で囁かれる。
 口数が少なく控えめな性質なのかと思いきや、口をきくと小生意気な少年のようで、しかも無表情で眼光だけはやたらに鋭い。近寄りがたい伯爵令嬢だと思われているようだと、これはリーゼロッテお嬢様が語ったことだ。……気のせいか、嬉しげだった。

 私の邪推かもしれないが、リーゼロッテお嬢様はあえてそういう態度……冷やかで愛想のない素振りをしているのではないか。
 ……いや、そんなことをしてなんの益があるというのだ。
 とも思うのだが、リーゼロッテお嬢様の思考はなかなかに複雑で、私の推察などは当てにならない。
 しかし時にリーゼロッテお嬢様は、とても素直に心中を明かしてくれる。
 恐れ多いことだが、安堵する瞬間でもある。


 そして、今がまさに、そうだった。
 リーゼロッテお嬢様は真剣な顔つきで話を続けている。私もまた、真摯に耳を傾けていた。
「エックホーフ伯爵家の令嬢とお近づきになりたい思惑が透けて見えてしまって……それだって当たり前のことだし、そんなことで拗ねたくはなかったんだ。けど、なんだかひどくがっかりしてしまって」
 私は静かに頷いた。
 普段はこんなに饒舌な方ではないが、いったん話し始めると長くなることがある。話が散漫になることも多いが、それで気持を落ち着けているのだろう。そう察せられたから、私は聞き役に回り、適度に相槌をうったり、訊き返して先を促したりする。
 リーゼロッテお嬢様が安心して話せる相手であること。これが「家庭教師」たる私の役目でもある。
「愚かなわがままだと、今では思う。あの頃はたぶん、反抗期だったんだ、うん、きっと」
「……かも、しれませんね」
 分かります、と心の中で頷いた。
 リーゼロッテお嬢様の「反抗期」の理由、それは私にもわかる気がした。
 リーゼロッテお嬢様は犀利な方だ。周囲の人間を見る目が、おどろくほど冷徹になることがある。これは社交上手なお父上、エックホーフ伯爵の影響かもしれない。伯爵は、人間観察の分析力が高い。……これは、私の父の推察によるものだが。
 そのエックホーフ伯爵の分析力を、おそらくは傍で見て学んだのかもしれない。リーゼロッテお嬢様は幼いながらも洞察力に優れ、そのため周囲の思惑が透けて見えてしまったのだろう。
 エックホーフ伯爵家への阿諛追従……そのために利用される「エックホーフ伯爵家の幼い三女」。
 楽しいと思える「思惑」は、そこにはなかったろう。
 侮られているとリーゼロッテお嬢様が感じても無理からぬことだ。

 リーゼロッテお嬢様はご家族の愛情を信じておられるし、ご自身もご家族を愛しておいでだろう。けれど、十歳となればまだ多感な頃だ。周りのそうした思惑に忌避感を持ってしまうこともあるだろう。その思惑ゆえに、ただただ利用されるだけの自分が虚しく思えたのかもしれないし、腹立たしかったのかもしれない。


「話が、ちょっと脱線してしまったな」
 わたしの悪い癖だと、リーゼロッテお嬢様はおどけたように肩を竦めてみせる。こういう仕草は、カトリン様とやはり似ておられる。
 リーゼロッテお嬢様はタラカの花を水の張ったガラスのボウルに戻した。そして、ちょいちょいと、花を指でつついてみる。
「わたしのことは、ともかく」
 半ば強引に、リーゼロッテお嬢様は話を戻した。
「あの時のレギナルトは、いまよりずっとくだけた態度で、わたしのことも、リーゼロッテ様と呼んでくれた。お嬢様、なんてつけずに」
 あの時、というのは私が初めてリーゼロッテお嬢様とお会いした時のことか。
「そう……だったでしょうか」
「そこは憶えてないのか?」
「…………」
「まあ、レギナルトは緊張していたしな。タラカの花の効用ばかり話してたくらいだ」
 リーゼロッテお嬢様にとって、ずいぶんと強烈な印象だったようだ。きっとこれは、ずっとからかわれ続けるのだろうな。……恥ずかしいが、嫌な気分ではない。
「家庭教師として通うようになって何度も、リーゼロッテでいいと言っても、レギナルトは聞いてくれなかった」
「…………」
 それは、憶えている。何度かやりとりをしたからだ。
 リゼでもいい、と言われた。わたしの方が年下で、生徒なのだから、と。
 しかし、さすがに了承するわけにはいかなかった。たとえリーゼロッテお嬢様が名で呼んでくれと私に「命じた」としても、一時ならまだしも、それを受容してはならない。エックホーフ伯爵に雇われた以上弁えねばならない礼儀だ。そしてこれは、リーゼロッテお嬢様に対する礼儀でもあるし、信頼を失いたくないからでもある……――

 たどたどしい言葉でそれを……過去にしたと同じように、半ば懇願のようにそれを説明すると、リーゼロッテお嬢様は真顔のまま頷いた。納得はしきれていない、といった面持ちではあったが。
「レギナルトの言うことはもっともだと、理解はしている。お姉様方にも窘められてしまったから。レギナルトの誠意を無碍にしてはならない。礼儀を損なわせることは、すなわちレギナルトの立場を貶めることだ、それでいいのかと」
 レギナルトがエックホーフ伯爵家の三女の家庭教師として雇われたことは、社交界では周知のこととなっている。ただの情報の一つに過ぎないが、エックホーフ家との繋がりを持ったアスク家の次男……レギナルトは突如としてその名を知られることとなり、またアスク家そのものも評価の対象となっているのだと、カトリン様に注意を促されたそうだ。

「そこまでお気になさることはありませんよ。私自身がそもそも社交界にあまり顔を出しませんから」
「……社交界の噂には気を付けた方がいいと言われたんだ。レギナルトが悪く言われるのは、イヤだ」
「お気遣い感謝いたします、リーゼロッテお嬢様」
 私も改めて気を引き締めないと……と、言いかけたところで、リーゼロッテお嬢様はもどかしそうな声を漏らした。
「いや、ちがうんだ、そうじゃなくて」
 はぁぁぁっと、リーゼロッテお嬢様は長大息を吐く。
「ああもう、どうしてこう話が脱線してしまうんだろう……」
「あの……?」
「だからその、わたしが言いたいのは、もうちょっとだけ親しく呼んでほしいってことなんだ! お嬢様の部分だけ省けないか、レギナルト!」
「え……?」