リーゼロッテと内緒の箱庭

 エックホーフ伯爵家は「魔法使い」を多く輩出して来た家柄だ。
 魔法使いの名門として名高く、その歴史も長い。
 先ごろ、エックホーフ伯爵家の次女が魔法剣士として王立騎士団に正式入団したと聞く。いま社交界ではその話題で持ちきりだという。剣士としての腕前もさることながら、魔法の使い手としても優れている。見目麗しいエックホーフ伯爵令嬢の剣士姿に、あこがれのまなざしを向ける令嬢も多いらしい。
 エックホーフ家の末弟も魔力を有していた。魔法専門の寄宿学校への入学は、強すぎる魔力の制御を学ばせるためだという。だが、当人はあまり難しく考えず、のびのびと魔法を学んで、楽しんでいるらしい。

 そんな中にあって、リーゼロッテお嬢様は魔力がないと判じられていた。

 だからといって別段何かしらの問題があるわけではない。
 リーゼロッテお嬢様には、姉が二人、兄一人と弟が一人、つまり五人兄弟なのだが、長女と長男にも魔力はなかろうと判じられていた。エックホーフ家では、魔力の有無は人柄の優劣とは別とみなしている。
 魔力の有無を確認はするが、「魔法使い」の家系だから一応調べておくか、という程度のようだ。魔力の顕現がはっきりする五、六歳の頃に魔力の検査を行う。健康診断と何ら変わらない扱いだ。
 これはエックホーフ家のご当主が「家訓」としてきたことらしい。「魔力」も個性の一つとしてだけとらえている。
 魔力があればそれを活かした教育に切り替えはするが、魔力がないからといって「劣ったもの」と蔑むことはない。
 実のところ、そうした蔑視は別の貴族家には多々あることだ。
 魔力の有無で子供の待遇に差をつけ、あまつさえ魔力がないと判じた途端に子供を冷遇したり放逐したりする貴族がいる。
 魔法の有無が王宮での出世に繋がることもあるのだから已む無い流れでもあるのだが、エックホーフ伯爵ご当主はそうした風潮を愚かなことと嘆かれていた。
「子供を平等に扱うというのは、存外難しい。なればこそ、せめて魔力の有無だけで待遇をかえるなどということはせぬようにしたい」
 と、エックホーフ伯爵が私に言ったことがある。私を家庭教師として採用したばかりの頃だ。おそらくリーゼロッテお嬢様の表情のなさを案じてのことだったろう。社交界の一部で、魔力もないも表情もないと陰口を叩かれていたらしい。
 兄や姉たちと同様に接しているつもりなのだが、そのように見ぬ者は多い。
 エックホーフ伯爵家の凋落を狙って悪意ある風聞をまき散らしているのだろう。それによってリーゼロッテが傷つくのは耐えがたいと、エックホーフ伯爵は半ば怒り、半ば悲しんでおられた。

 他家はどうあれ、エックホーフ伯爵家において、魔力の有無はとくに問題視されていない。

 だからリーゼロッテお嬢様自身も、自分に魔力はないものとして日々を過ごしていた。
 しかし、私には感じられたのだ、リーゼロッテお嬢様の魔力を。
小さいが、たしかにある。そしておそらくそれは顕現しやすいものの類の魔力だと。

 告げるべきだろうか。
 告げぬままの方がいいかもしれない。はじめはそう考えた。
 小さな魔力は、気づかぬままのほうがよかったと言われることがあるからだ。要らぬ期待になってしまうからと。
 私のように。
 それに、私が小さな魔力に気づくのは、私の嗜好の影響もある。そのことが少しばかり気恥ずかしい……

 私には他者の「魔力」を見出す才があった。しかし限定的なもので、小さな魔力にしか気づけない。大きな魔力には目がいかないのだ。分かりやすく大きな魔力は見えない。
 これゆえに、私の魔力発見の能力は「無い」ものとされていた。父母の期待には応えられない、小さな魔力……――

 だというのに、私はリーゼロッテお嬢様の魔力に気づいてしまい、あまつさえそれを口に出してしまったのだ。
半年ほど前、あれは秋口だった。リーゼロッテお嬢様の弟君が寄宿学校にいくことが決まり、慌ただしくしていたさなかのことだ。

「リーゼロッテお嬢様にも魔力はおありですよ」

 さらりと、つい、言ってしまったのだ。

 言われて、リーゼロッテお嬢様は驚き、しかしすぐに私の「おべっか」だと思ったようだった。
「無用な気遣いだ」と言った時のリーゼロッテお嬢様の瞳はおそろしく冷やかなものだった。
 うっかり口を滑らせてしまったことではあったが、嘘ではない。阿諛追従のつもりもなかった
 リーゼロッテお嬢様の信頼を失いたくない気持ちが勝り、とある「実験」をしてほしいと持ち掛けた。魔力を見るための実験で、それは私が考案し、作った道具を使用して行う。
 リーゼロッテお嬢様の魔力は小さい。
 最初の発現もおそらく小さなものだろう。
 それに合わせた物を用いた・

 魔力を見る媒体にしたのは「水」だった。

 水に波紋をつくる、という簡単な方法をとった。水に手や指を触れさせず、息も吹きかけず、水面を動かす。その程度の、おおよそなんの役にも立たないような魔法だ。それでも魔力の有無だけは測れた。
 そしてその魔力の測定には、私が作った特別な「道具」を使用した。
 この「道具」がたまたまリーゼロッテお嬢様の魔力と相性がよかった、ということもあったろう。
 ともあれ、リーゼロッテお嬢様に魔力があると判明させることはできた。

 その道具を、「アクアリウム」という。たいしたものではないが、私が趣味で作っているものだ。
 観賞用の水槽で、魔法を測るための道具ではない。
 円錐型のボトルに砂利を敷き、植物を植え、生物を入れたものだ。魔法で作ったものではないが、多少は私の魔力も含んでいるかもしれない。それこそ、何の役にも立たぬような、微弱な魔力だ。
 手軽に持ち運べる大きさのガラスボトルでそれを作り、お嬢様に進呈したのだ。そしてそれを使って、リーゼロッテお嬢様の魔力を確認させてもらった。

 そうして、今に至っている。