この春に、御年十三歳になられたリーゼロッテ嬢……エックホーフ伯リーゼロッテ嬢は、一風変わった少女だ。内向的な性格なのか、笑顔を他人に見せることがない。愛嬌がなく、近寄りがたい。
と、周りの評価は概ねそのようなものだった。
社交界にデビューしたばかりのリーゼロッテ伯爵令嬢の「評判」は決して悪いものではない。
見た目に美しい少女なのは余人の認めるところだろう。
ふわふわとやわらかな栗毛色の髪、瞳は萌芽の若葉色。頬にさす淡い桃色が白磁の肌をより引き立て、唇は紅の薔薇の蕾を思わせる。うっすらと残ったそばかすの痕はあどけなさを感じさせ、消えてしまうのが惜しいほどだ。
そう、「惜しい」と苦笑されるのだ。
せめてもうちょっと愛嬌があれば、完璧な美少女だったろう、と。
大きなお世話だと今では思うが、私も初めてお見掛けした時は似たようなことを思ってしまったのだから、他人のことはどうこう言えないだろう。
リーゼロッテお嬢様はつねに無表情……いや、気難しげといった面持ちで、表情を緩めることはほとんどない。言葉数も少なく、朗らかに笑い声を立てることもない。
伯爵令嬢にふさわしい毅然とした佇まいではあるが、それゆえに「かわいげがない」と評されてしまう。
リーゼロッテお嬢様は言葉数の少ない方で、といって陰気で内向的な性格ではない。ただ、話し方に抑揚がなく平坦で、硬くて冷たいと誤解されがちなのだ。
たしかに気さくで陽気な性格とはいいがたいかもしれないが、決して冷淡な性格ではない。むろん、陰気でもないし、篤実な人柄であることは、私も知っている。
淑やかに振舞うよう教えられた。だから努めておとなしくしているのだと、お嬢様自身が語ったことがある。「かわいげとやらがどういうものか、わたしにはわからぬ」と少し拗ねたようでもあった。
「お気になさることはありませんよ」と私が言えば、お嬢様は「気にしてはいない」と言いつつも、眉間に微かな皺を寄せた。
「実を言えばお姉さま方の笑い方を真似したこともあるのだが、なぜかお怒りなのかとか具合が悪いのかと勘違いされてな。どうもわたしの笑い顔は相手を不快にさせるらしい。ならば、無理して笑い顔を作る必要もなかろう」
リーゼロッテお嬢様はそのように述懐していた。
たしかに、リーゼロッテお嬢様の「作り笑顔」はぎこちない。やわらかな「作り笑顔」は貴族令嬢の必須の「処世術」のひとつだろう。そういうのが苦手だから、あえておとなしく黙っているのだと、リーゼロッテお嬢様は言う。迎合する必要性を感じない、という意志の強さも感じられた。
「伯爵家の令嬢」という強みを、お嬢様自身が一番わかって、そして「利用」すらしている。
だから伯爵令嬢という高位のお嬢様の家庭教師としてお傍にあがるのは、はじめはひどく緊張した。だが、実際にお会いして直接話してみれば、リーゼロッテお嬢様はごく普通の……といっては不敬にあたるかもしれないが……天真爛漫な少女で、「惜しい」ところなどどこにもない伯爵令嬢だ。
予定より一時間ほど遅れて伯爵家に到着した私を、リーゼロッテお嬢様は快く迎えてくれた。
「おはよう、レギナルト」
「おはようございます、リーゼロッテお嬢様。遅くなりまして、申し訳ございません」
事前に遅れる旨使者は立てておいたが、一時間の遅刻はやはり大きい。改めて謝罪すると、リーゼロッテお嬢様は「謝罪には及ばない」と言う。表情だけ見れば不機嫌なのかと捉える者もいるかもしれない。それほどにリーゼロッテお嬢様の表情は変わらず、「無表情」だ。
「急に呼びつけてすまなかった。レギナルト、体調は、どうなのだ?」
「ゆっくりと養生させていただいたので、すっかり良くなりました」
ご心配をおかけして申し訳ないと言いかけ、「申し訳ない」の部分を慌てて呑み込んだ。
「ならばよかった。来てくれて嬉しい」
リーゼロッテお嬢様の口調は朴訥ともいえるもので、言葉数は少ない。
この点も無表情で愛想がないと言われる所以なのだろう。高圧的に感じてしまうこともままあるようだ。
だが、リーゼロッテお嬢様の姿勢、所作、それらはすべて美しく整えられている。型通りの挨拶と会釈、それらもきちんと習得していて、リーゼロッテお嬢様の律儀な性格が窺える。礼儀作法の「授業」は私の担当ではないが、優秀な教師がついているのが見て取れる。
「今日は外で話したいのだが、良いだろうか、レギナルト?」
「はい。良いお天気になってきましたからね」
「うん」
リーゼロッテお嬢様はこっくりと頷いた。
普段は毅然とし、「お嬢様然」と振舞っているが、ふとした時に少女らしいあどけなさを見せる。
「レギナルト」
「はい?」
「……いや、いい」
何か言いたげなようだが、もしやまだ私の体調を不安に思っているのだろうか。
過去に、具合を悪くしてみっともなくふらつき、リーゼロッテお嬢様の目の前で転倒しかけたことがあったのだ。体調を崩して「授業」を休みにしなくてはならなかったこともあった。
リーゼロッテお嬢様の家庭教師として伯爵家に赴くのは週七日の内、三日と定められていた。その三日という少ない日程ですら休まねばならなくなる時があり、そんな時はさすがに解雇されても致し方ないと考えていた。
ところが意外なことに、伯爵家からその通達はなかったし、リーゼロッテお嬢様ご自身からの苦情もなかった。
家庭教師といっても、気軽な話し相手と思ってくれてかまわない、と伯爵家のご当主から最初の面談でいわれていた。気負わずに来てくれと、エックホーフ伯爵は強面に似合わぬ鷹揚さで私を歓迎してくれたのだ。
当のリーゼロッテお嬢様も私を詰ったり蔑んだりせず、むしろ恐縮する私を励まそうとしてくれさえした。
――私の家族ですら、私のこの虚弱体質を疎んでいたというのに。
正直なところ、はじめは驚きと戸惑いが大きかった。何かしら思惑があるにせよ、私に対しての優遇になんの益もなかろうにと考えていたからだ。
私の生家、アスク男爵家は貴族の爵位を持ってこそいるが、どちらかといえば「商家」としての特色が強い。商家として名が知られ始めたのもここ二十年。大きな負債がないこと、表向きは「堅実・誠実」をモットーにしている点で商会組合ではわりに信用高いことくらいは自慢できるだろうが、小規模経営の商家だから、貴族社会に顔が利くのも狭い範囲内だ。
「先物買い、というのじゃないか」
そう、リーゼロッテお嬢様は真顔で言ったものだが、はたしてどうなのか。
しかし、鷹揚なのはどうやらエックホーフ伯爵家の家風のようだと、今では納得しつつある。「先物買い」としてアスク家を信用してくれるというのなら、私はそれに感謝し、父のモットーである「堅実・誠実」を実行するだけだ。
虚弱な私の体では、なかなかに難しいことではあるのだが。
リーゼロッテお嬢様は、虚弱体質の私を気遣いつつも、あまり大袈裟に気の毒がるようなことはしない。それでいて、さりげなく労りの言葉をかけてくれるのだ。
リーゼロッテお嬢様は、人の心を慮る聡さがある。思慮深さは優しさのひとつの表れだ。
それはある種の早熟さと見ることもできる。実際、やっと十三歳になったばかりとは思えぬ鋭利な頭脳を持ち、勉学においてそれは遺憾なく発揮されている。それでいて知識をひけらかすような「子供じみた」行動には走らないし、寡黙を良しとして自身を律しているようで、そのために同じ年ごろの少女よりずっと大人びて見えるのだ。
――そう、ふとそんな「早熟さ」を感じることがある。
たとえば今、私を上目遣い見る、もの言いたげな若葉色の瞳の内に。
リーゼロッテお嬢様は私を見つめたまま、つぶやくように言った。
「わたしがレギナルトのところに出向けばよかったんだが……」
レギナルトの家にはまだ言ったことがないし、と続けてつぶやく。
「いえ。もう本復しておりますし、今日は本当に我ながら珍しいくらいに体調がよいんです」
「そうなのか?」
「はい。こういう時は、家に引きこもっているより、外に出る方が気も安らぎます。私がリーゼロッテお嬢様のところに出向きたかったのです」
「……そうか。ならいいが」
私が笑みで応じると、少し安堵したようだった。
と、周りの評価は概ねそのようなものだった。
社交界にデビューしたばかりのリーゼロッテ伯爵令嬢の「評判」は決して悪いものではない。
見た目に美しい少女なのは余人の認めるところだろう。
ふわふわとやわらかな栗毛色の髪、瞳は萌芽の若葉色。頬にさす淡い桃色が白磁の肌をより引き立て、唇は紅の薔薇の蕾を思わせる。うっすらと残ったそばかすの痕はあどけなさを感じさせ、消えてしまうのが惜しいほどだ。
そう、「惜しい」と苦笑されるのだ。
せめてもうちょっと愛嬌があれば、完璧な美少女だったろう、と。
大きなお世話だと今では思うが、私も初めてお見掛けした時は似たようなことを思ってしまったのだから、他人のことはどうこう言えないだろう。
リーゼロッテお嬢様はつねに無表情……いや、気難しげといった面持ちで、表情を緩めることはほとんどない。言葉数も少なく、朗らかに笑い声を立てることもない。
伯爵令嬢にふさわしい毅然とした佇まいではあるが、それゆえに「かわいげがない」と評されてしまう。
リーゼロッテお嬢様は言葉数の少ない方で、といって陰気で内向的な性格ではない。ただ、話し方に抑揚がなく平坦で、硬くて冷たいと誤解されがちなのだ。
たしかに気さくで陽気な性格とはいいがたいかもしれないが、決して冷淡な性格ではない。むろん、陰気でもないし、篤実な人柄であることは、私も知っている。
淑やかに振舞うよう教えられた。だから努めておとなしくしているのだと、お嬢様自身が語ったことがある。「かわいげとやらがどういうものか、わたしにはわからぬ」と少し拗ねたようでもあった。
「お気になさることはありませんよ」と私が言えば、お嬢様は「気にしてはいない」と言いつつも、眉間に微かな皺を寄せた。
「実を言えばお姉さま方の笑い方を真似したこともあるのだが、なぜかお怒りなのかとか具合が悪いのかと勘違いされてな。どうもわたしの笑い顔は相手を不快にさせるらしい。ならば、無理して笑い顔を作る必要もなかろう」
リーゼロッテお嬢様はそのように述懐していた。
たしかに、リーゼロッテお嬢様の「作り笑顔」はぎこちない。やわらかな「作り笑顔」は貴族令嬢の必須の「処世術」のひとつだろう。そういうのが苦手だから、あえておとなしく黙っているのだと、リーゼロッテお嬢様は言う。迎合する必要性を感じない、という意志の強さも感じられた。
「伯爵家の令嬢」という強みを、お嬢様自身が一番わかって、そして「利用」すらしている。
だから伯爵令嬢という高位のお嬢様の家庭教師としてお傍にあがるのは、はじめはひどく緊張した。だが、実際にお会いして直接話してみれば、リーゼロッテお嬢様はごく普通の……といっては不敬にあたるかもしれないが……天真爛漫な少女で、「惜しい」ところなどどこにもない伯爵令嬢だ。
予定より一時間ほど遅れて伯爵家に到着した私を、リーゼロッテお嬢様は快く迎えてくれた。
「おはよう、レギナルト」
「おはようございます、リーゼロッテお嬢様。遅くなりまして、申し訳ございません」
事前に遅れる旨使者は立てておいたが、一時間の遅刻はやはり大きい。改めて謝罪すると、リーゼロッテお嬢様は「謝罪には及ばない」と言う。表情だけ見れば不機嫌なのかと捉える者もいるかもしれない。それほどにリーゼロッテお嬢様の表情は変わらず、「無表情」だ。
「急に呼びつけてすまなかった。レギナルト、体調は、どうなのだ?」
「ゆっくりと養生させていただいたので、すっかり良くなりました」
ご心配をおかけして申し訳ないと言いかけ、「申し訳ない」の部分を慌てて呑み込んだ。
「ならばよかった。来てくれて嬉しい」
リーゼロッテお嬢様の口調は朴訥ともいえるもので、言葉数は少ない。
この点も無表情で愛想がないと言われる所以なのだろう。高圧的に感じてしまうこともままあるようだ。
だが、リーゼロッテお嬢様の姿勢、所作、それらはすべて美しく整えられている。型通りの挨拶と会釈、それらもきちんと習得していて、リーゼロッテお嬢様の律儀な性格が窺える。礼儀作法の「授業」は私の担当ではないが、優秀な教師がついているのが見て取れる。
「今日は外で話したいのだが、良いだろうか、レギナルト?」
「はい。良いお天気になってきましたからね」
「うん」
リーゼロッテお嬢様はこっくりと頷いた。
普段は毅然とし、「お嬢様然」と振舞っているが、ふとした時に少女らしいあどけなさを見せる。
「レギナルト」
「はい?」
「……いや、いい」
何か言いたげなようだが、もしやまだ私の体調を不安に思っているのだろうか。
過去に、具合を悪くしてみっともなくふらつき、リーゼロッテお嬢様の目の前で転倒しかけたことがあったのだ。体調を崩して「授業」を休みにしなくてはならなかったこともあった。
リーゼロッテお嬢様の家庭教師として伯爵家に赴くのは週七日の内、三日と定められていた。その三日という少ない日程ですら休まねばならなくなる時があり、そんな時はさすがに解雇されても致し方ないと考えていた。
ところが意外なことに、伯爵家からその通達はなかったし、リーゼロッテお嬢様ご自身からの苦情もなかった。
家庭教師といっても、気軽な話し相手と思ってくれてかまわない、と伯爵家のご当主から最初の面談でいわれていた。気負わずに来てくれと、エックホーフ伯爵は強面に似合わぬ鷹揚さで私を歓迎してくれたのだ。
当のリーゼロッテお嬢様も私を詰ったり蔑んだりせず、むしろ恐縮する私を励まそうとしてくれさえした。
――私の家族ですら、私のこの虚弱体質を疎んでいたというのに。
正直なところ、はじめは驚きと戸惑いが大きかった。何かしら思惑があるにせよ、私に対しての優遇になんの益もなかろうにと考えていたからだ。
私の生家、アスク男爵家は貴族の爵位を持ってこそいるが、どちらかといえば「商家」としての特色が強い。商家として名が知られ始めたのもここ二十年。大きな負債がないこと、表向きは「堅実・誠実」をモットーにしている点で商会組合ではわりに信用高いことくらいは自慢できるだろうが、小規模経営の商家だから、貴族社会に顔が利くのも狭い範囲内だ。
「先物買い、というのじゃないか」
そう、リーゼロッテお嬢様は真顔で言ったものだが、はたしてどうなのか。
しかし、鷹揚なのはどうやらエックホーフ伯爵家の家風のようだと、今では納得しつつある。「先物買い」としてアスク家を信用してくれるというのなら、私はそれに感謝し、父のモットーである「堅実・誠実」を実行するだけだ。
虚弱な私の体では、なかなかに難しいことではあるのだが。
リーゼロッテお嬢様は、虚弱体質の私を気遣いつつも、あまり大袈裟に気の毒がるようなことはしない。それでいて、さりげなく労りの言葉をかけてくれるのだ。
リーゼロッテお嬢様は、人の心を慮る聡さがある。思慮深さは優しさのひとつの表れだ。
それはある種の早熟さと見ることもできる。実際、やっと十三歳になったばかりとは思えぬ鋭利な頭脳を持ち、勉学においてそれは遺憾なく発揮されている。それでいて知識をひけらかすような「子供じみた」行動には走らないし、寡黙を良しとして自身を律しているようで、そのために同じ年ごろの少女よりずっと大人びて見えるのだ。
――そう、ふとそんな「早熟さ」を感じることがある。
たとえば今、私を上目遣い見る、もの言いたげな若葉色の瞳の内に。
リーゼロッテお嬢様は私を見つめたまま、つぶやくように言った。
「わたしがレギナルトのところに出向けばよかったんだが……」
レギナルトの家にはまだ言ったことがないし、と続けてつぶやく。
「いえ。もう本復しておりますし、今日は本当に我ながら珍しいくらいに体調がよいんです」
「そうなのか?」
「はい。こういう時は、家に引きこもっているより、外に出る方が気も安らぎます。私がリーゼロッテお嬢様のところに出向きたかったのです」
「……そうか。ならいいが」
私が笑みで応じると、少し安堵したようだった。



