好きな人のためにダウナー系になったら、ライバルが「本物」でした。


 雷門から浅草寺へ続く仲見世通りに足を踏み入れる。どこを見ても、人、人、人。この混み具合では、とてもじゃないが三人並んで歩くことはできない。灰島はさり気なく白洲の隣を確保した。

「颯、大丈夫?」

「うん。めっちゃ混んでんね」

「こっち来ていいから」

 灰島の腕がぐっと白洲の腰を抱き寄せる。白洲は戸惑うこともなく、それが当たり前みたいに、体を灰島にくっつけた。
 ──はあ⁉︎ こいつ、どさくさに紛れて何してんだよっ! 変態! スケベ! ダウナースカし野郎!
 ビキビキとこめかみが引き攣る。こうなったら二人の間に割り入ってやろうと足を踏み出した時、横から現れた通りすがりの人と肩がぶつかった。

「いっ……」

「あ、すみません」

 律儀に頭を下げられ、つい自分も下げてしまう。しかし真っ直ぐよそ見もせずに歩いていた自分に非はなかった。

「寺本。はぐれないで」

 振り向いた白洲に手を掴まれた。強めに引かれ、肩口がぴたりと白洲の体に密着する。

「え」

 息を飲んだ。
 美しい横顔に見惚れ、つい足が縺れる。あと少し顔を寄せれば、キスだって出来てしまう距離。
 自分はこんなにも白洲を見ているのに、彼は人混みの向こうを気にしている。

「ちゃんと歩けよ」

 低い声が降ってきたのと同時に、左腕を強く掴み上げられた。繋がっていた白洲の指が弾けるようにすべり落ちる。離れてしまった手をわざわざ繋ぎ直すわけにもいかず、寺本は咄嗟に灰島を仰ぎ見た。

「おい……!」

「あ、宵のが背高いから安心か。俺たちのこと守って〜」

 白洲は納得したみたいに頷き、へらりと顔を綻ばせた。
 ──せっかく白洲と手を繋げたのに!
 これが二度とないチャンスだったらどうするつもりなんだ。灰島宵、絶対に許さん。仕返ししてやる。近いうちに必ず。

「俺、ここの団子食べたいんだけど」

 不意に灰島が団子屋の前で足を止めた。白い団子の上に、色とりどりのあんこと苺が乗った串が積んで置かれている。

「フルーツが乗ってるなんて珍しいな」

 白洲の言葉に頷き、ショーケースの中を眺める。どれも写真映えしそうな可愛らしい見た目だ。大好きな苺だけが刺さった串もある。この中なら、抹茶かいちごミルクがいい。

「颯はこしあんだよな?」

「あ、うん」

「すみません、抹茶とこしあんお願いします」

 悩んでいる横で灰島がさっさと注文した。こっちのことは完全に無視かよ。白洲の分は奢りかよ。
 腹を立てながら、自分はいちごミルクを選んだ。串を受け取るなり苺を摘み、すぐさま白洲の口元へ差し出す。

「苺取った。一口食う?」

「いいの? やさし〜」

 形の良い唇が、団子を咥えて持っていく。映画のワンシーンみたいだった。自分の手から彼が食べ物を取ったというだけで、感動で串を持つ手が打ち震える。

「んー! これ美味いな」

「俺のも食えよ」

「え」

 灰島は白洲の顔の高さまで串を下げた。対抗のつもりなら、それは誤算だ。寺本にとっても食べやすい位置なのだから。
 咄嗟に身を乗り出した。上から二つほど団子を咥え、串から奪い取る。

「あっ、勝手に」

 団子の程よい弾力とともに、抹茶あんの上品な甘さと苺の酸味が口の中に広がった。

「うま!」

「おい返せよ」

「は? 返せるわけねえだろ」

「こいつ……」

 灰島が大げさに顔を顰める。思わず口から笑いが溢れた。
 ──勝った。そんな風に余裕こいてるから食われるんだ。思い知ったか。

「あははっ、寺本かわい。そんな食べたかった?」

「あ、いや……その」

 しまった。灰島に仕返しすることばかり頭にあって、白洲にどう見られるか考えるのを忘れていた。

「ふっ」

 寺本が頬を赤らめて俯くと、灰島は肩を震わせて笑いを堪えた。
 ふふ、ふっ、と不規則な笑い声が降ってくる。鬱陶しい。性格が悪い。間違いなく仕返しできたはずだが、返り討ちにされた気分だ。いっそやらなきゃよかった。
 仲見世を抜けた先に朱塗りの門と本堂が現れた。参拝の列に並んでもまだ、頭の中は灰島への文句でいっぱいだった。階段を上がり、財布から小銭を出しながら白洲が口を開く。

「二人はどんなお願いすんの?」

「教えない」

 即答した灰島に、白洲は「えー」と唇を尖らせた。どうせ大した願い事じゃないんだから教えてあげればいいのに。

「白洲は?」

「俺はもちろん、最終オーディション受かりますようにって」

「あ、そうか。もうすぐだもんな」

「うん。寺本は?」

「俺は……」

 もしかして、灰島も自分と同じお願いをするつもりなのか?
 それなら教えないと断ったのも頷ける。白洲本人に正直に打ち明ける訳にはいかないのだから。

「……俺も白洲と同じ願い事にする」

「え?」

「アイドルになった姿、見たいから」

 うっかり声のトーンを落とすのを忘れた。いつもの調子で、全力で笑いかけてしまった。慌てて気怠げな表情に切り替える。

「寺本っ、お前いい奴だなあっ」

 白洲は眉をハの字に曲げ、目を潤ませた。それから両腕でぐわしっと大げさに抱き締められる。

「あ、ちょ……!」

 意外に厚みのある胸板。回された腕から伝わってくる体温。鼓動が一気に駆け上がる。顔が熱くなるのを自覚した瞬間、白洲の背後に立っていた灰島と視線が交わった。
 ──あ。
 見られてはいけないものを見られてしまったような、どこか後ろめたい感情が途端に押し寄せてくる。密着しているのは白洲のほうなのに、灰島はただ真っ直ぐ自分のことを見つめていた。
 ──その表情はなんだ?
 常に仏頂面で脱力した顔からは、何を考えているのかがまったく読めない。せめて悔しそうな顔でもしてくれたら分かりやすかったのに。

「おい。俺たちの順番」

 灰島が白洲の背中を叩いたのをきっかけに体が離れていく。それでも不思議と名残惜しさはなかった。
 手を合わせ、願いを唱えて腰を深く折る。誰かが言い出したわけではないが、自然と足は『みくじ』と書かれた小屋へ向かっていた。

「百円だって。せっかくだからやる?」

「ああ」

 百円玉を投入し、おみくじが入った銀色の筒を振る。出てきた棒に記載された番号を頼りに、引き出しから一枚の紙を抜き取った。なんとなく伏せたまま小屋の脇に集まる。

「せーの」

 白洲の掛け声で、一斉に紙を表に向けた。

「うわ、凶じゃん」

 紙に間違いなく書かれた『第五十八 凶』の文字を認識する前に、笑いを含んだ灰島の声が降ってくる。自分に対して言ったのだと理解したのは、灰島の『大吉』を見た後だった。

「灰島、大吉っ?」

「宵って昔からくじ運良いよなー。俺は中吉だ」

「なんで二人とも良い結果なんだよ」

 がくりと項垂れた寺本は再び自身の紙を眺めた。凶というだけあって、叶わぬでしょうだの、注意しましょうだの、散々なことが書いてある。その中でも『恋愛 思わぬ結果になるでしょう』が特に引っかかった。

「なんかボロクソに書かれてんな」

 わざと誂うみたいに、また灰島が言う。大吉のほうはどうなんだと覗き見てみる。自分のものとは対照的な結果に唖然とした。

「恋愛、叶うでしょう……」

「ついに宵に彼女ができるのか!」

 隣で白洲がへらりと呑気に笑った。相手はお前だよ──なんて冗談も言えずに固まっていると、

「まあ、ただのおみくじだから」

 灰島が紙を丁寧に畳んで財布に入れた。言ってることとやってることが合ってないが、酷い結果だった自分に配慮してくれたのだろうか。

「早く結んで来いよ」

 吐き捨てるような冷たい言い方だった。ぐしゃりと手の中で紙が潰れる。
 ──前言撤回。こいつが白洲以外の人に、優しく配慮なんかしてくれるわけがない。