「はい、カット――」
監督の声が響き、スタジオとして使っていた会議室が、緊張感からほっと和やかな空気に切り替わる。
レフ板や照明のライトがふっと消える。
すると、革張りのソファから、白地に細いストライプが入ったスーツ姿の中年男性が颯爽と立ち上がった。 この現場の誰よりも年長でありながら、その動きは誰よりも若々しく、一切の無駄がない。
彼の傍らに、黒スーツで眼鏡をかけた秘書がタブレットを抱えて素早く歩み寄る。
「社長。ヘリの準備が整いました。すぐに出発できます」
撮影スタッフたちが機材を片付け始め、周囲がガヤガヤと騒がしくなる中、ひときわ明るい声が社長を呼び止めた。
「社長! 『サーチュイン・エテルナ配合 特製青汁』、売り上げは大変好評ですよ! 私も飲み始めてから、身体の調子がすごく良くて」
アナウンサーの女性が、愛想よくすり寄ってくる。
「今日は一ヶ月分のCMの撮り溜めでしたから、長時間の撮影、本当にありがとうございました。……社長、この後すぐに海外へ発たれるんですか?」
「ええ。新薬開発のためにね」
社長がにこやかに答えると、女性は目尻に深いしわを寄せ、真っ赤な口紅で彩られた口角をさらに引き上げ、パーソナルスペースぎりぎりに顔を寄せて話す。
「さっすがー! 日本で社長の新薬の発表、心から楽しみにしていますね。ぜひ、もっともっとアンチエイジングを推し進めるような開発だと、私個人としてもすごく嬉しいです!」
彼女がそう言い終わった瞬間、その口元にはほうれい線、首筋にはたるみがくっきりと刻まれていたのを社長は見逃さなかった。
その顔に刻まれたそれを、一瞬だけ冷たい瞳で一瞥し、すぐに社長はテレビと変わらないにこやかな笑顔で部屋を出る。
「それでは、皆さん。失礼します」
「ありがとうございました」
「社長、お気をつけて」
朗らかな社交辞令が背中に飛び交うのを聞きながら、冷たい大理石の廊下を上等な革靴の足音を響かせ歩き出した。
その背中には、影のように秘書がぴったりとついている。
屋上に向かう専用エレベーターの中で、社長は吐き捨てるように言った。
「次回から、あのアナウンサーは変えろ。あの『老い』はもう止められない。体の内側も外側も腐りかけの果実のように、実に不潔で不愉快だ」
「かしこまりました」
秘書は一礼をするや、すぐにタブレットを操作する。
「……それで、例の『サンプルデータ』はどうなっている」
社長の問いに、秘書は手元のタブレットをスワイプし、あるファイルを開く。
そこには「BTP」と示されている。
「はい。先ほどデータが届いたばかりです。
極限状態におけるストレステストの有効率は七十五パーセント。中でも突出した数値を示した『個体』が、二、三体確認されたとの報告です」
「ほう……」
社長の口元に、カメラの前では決して見せない歪んだ笑みが浮かんだ。
「正直、五十パーセントでも良い方だと思っていたが。若く優秀な脳細胞たちは、私の予想を超えてくれたか。
では、いよいよ実用化の目処が立ちそうだ」
一方の秘書は表情を変えず淡々と述べる。
「はい。ですが、今回予想よりも数時間早く、警察の捜査が入りました」
社長は鼻で笑う。
「ふっ……、凡才が……。驚くことじゃない。誤差範囲だよ。
痕跡は抜かりなく消しておくように」
「もちろんです。すでに『尻尾』は切り落としました」
「よろしい」
東京の摩天楼がそびえるビルの屋上には、彼を乗せるプライベートヘリがすでにローターを回し、すでに出発の準備を終えていた。
彼が機内に乗り込むと同時に、ヘリは大きく旋回し、国際空港へと機首を向けて飛び去っていった――。
監督の声が響き、スタジオとして使っていた会議室が、緊張感からほっと和やかな空気に切り替わる。
レフ板や照明のライトがふっと消える。
すると、革張りのソファから、白地に細いストライプが入ったスーツ姿の中年男性が颯爽と立ち上がった。 この現場の誰よりも年長でありながら、その動きは誰よりも若々しく、一切の無駄がない。
彼の傍らに、黒スーツで眼鏡をかけた秘書がタブレットを抱えて素早く歩み寄る。
「社長。ヘリの準備が整いました。すぐに出発できます」
撮影スタッフたちが機材を片付け始め、周囲がガヤガヤと騒がしくなる中、ひときわ明るい声が社長を呼び止めた。
「社長! 『サーチュイン・エテルナ配合 特製青汁』、売り上げは大変好評ですよ! 私も飲み始めてから、身体の調子がすごく良くて」
アナウンサーの女性が、愛想よくすり寄ってくる。
「今日は一ヶ月分のCMの撮り溜めでしたから、長時間の撮影、本当にありがとうございました。……社長、この後すぐに海外へ発たれるんですか?」
「ええ。新薬開発のためにね」
社長がにこやかに答えると、女性は目尻に深いしわを寄せ、真っ赤な口紅で彩られた口角をさらに引き上げ、パーソナルスペースぎりぎりに顔を寄せて話す。
「さっすがー! 日本で社長の新薬の発表、心から楽しみにしていますね。ぜひ、もっともっとアンチエイジングを推し進めるような開発だと、私個人としてもすごく嬉しいです!」
彼女がそう言い終わった瞬間、その口元にはほうれい線、首筋にはたるみがくっきりと刻まれていたのを社長は見逃さなかった。
その顔に刻まれたそれを、一瞬だけ冷たい瞳で一瞥し、すぐに社長はテレビと変わらないにこやかな笑顔で部屋を出る。
「それでは、皆さん。失礼します」
「ありがとうございました」
「社長、お気をつけて」
朗らかな社交辞令が背中に飛び交うのを聞きながら、冷たい大理石の廊下を上等な革靴の足音を響かせ歩き出した。
その背中には、影のように秘書がぴったりとついている。
屋上に向かう専用エレベーターの中で、社長は吐き捨てるように言った。
「次回から、あのアナウンサーは変えろ。あの『老い』はもう止められない。体の内側も外側も腐りかけの果実のように、実に不潔で不愉快だ」
「かしこまりました」
秘書は一礼をするや、すぐにタブレットを操作する。
「……それで、例の『サンプルデータ』はどうなっている」
社長の問いに、秘書は手元のタブレットをスワイプし、あるファイルを開く。
そこには「BTP」と示されている。
「はい。先ほどデータが届いたばかりです。
極限状態におけるストレステストの有効率は七十五パーセント。中でも突出した数値を示した『個体』が、二、三体確認されたとの報告です」
「ほう……」
社長の口元に、カメラの前では決して見せない歪んだ笑みが浮かんだ。
「正直、五十パーセントでも良い方だと思っていたが。若く優秀な脳細胞たちは、私の予想を超えてくれたか。
では、いよいよ実用化の目処が立ちそうだ」
一方の秘書は表情を変えず淡々と述べる。
「はい。ですが、今回予想よりも数時間早く、警察の捜査が入りました」
社長は鼻で笑う。
「ふっ……、凡才が……。驚くことじゃない。誤差範囲だよ。
痕跡は抜かりなく消しておくように」
「もちろんです。すでに『尻尾』は切り落としました」
「よろしい」
東京の摩天楼がそびえるビルの屋上には、彼を乗せるプライベートヘリがすでにローターを回し、すでに出発の準備を終えていた。
彼が機内に乗り込むと同時に、ヘリは大きく旋回し、国際空港へと機首を向けて飛び去っていった――。



